幻想詩

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「この目は使い物になりません。餌を捕ることもできかねます」 「そうでしょうね。本来、傍らに座ることさえできないはずです」 旅人は眼鏡を空に向けた。曇りがとれる気配がない。 「それはなんのためにつけるものですか」 「これは視力を補うための道具です」 「動物にもあれば良いのにと思うだけで、それでは自然の摂理に反しますね」 「いえ、こうして会話が成立することだけで世界に倫理も摂理もないのだと考えます」 「貴方は何者ですか」 老狼は顔だけを向けた。焦点は合っていない。 「通りすがりの旅人です。細かい経歴を喋ると十万枚ほど紙が要ります。でもこの視力補助道具の名前はすぐ説明できます」 「特に知りたくはないけれどあえて聞きましょう。なんですかそれは」 「これはですね、眼鏡というのです」 旅人は眼鏡を老狼に取り付けた。 人間とはちがう骨格の顔に眼鏡を添えたのだ。 「どうでしょう」 「世界が歪んで、雨が別の何かに見えます」 「度数が合わないのですね、でもとてもよくお似合いですよ」 旅人の柔らかい口調とは裏腹に老狼は少しだけ声音を落とした。
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