幻想詩

4/5
前へ
/5ページ
次へ
「もっとこの眼で世界を視たかった」 死にいくような重い言の葉に旅人はぼんやりと秋を探す。 落葉樹は色づいている。雨は冷たさを森に突き刺し、体温を下げていく。 「旅人よ。私の願いを叶えてくれぬか」 旅人は言葉を返さず耳を傾ける。 ざんざんと降る雨は容赦なかった。 「森の外へいってみたい」 老狼の言葉を旅人は受け入れた。 「これから冬になります。あなたの毛皮を骨を肉を。臓器を頂けるならば考えましょう」 意地悪く冷ややかに言葉を紡いだ旅人に老狼は嬉しそうに笑ったのだ。 「ありがとう。このまま腐り、土となり、他の何かに転生するのだとしても、生まれた境遇を変えることはできぬと諦めていた。旅人よ。好きにするが良い。私が見たいのはぼやけた世界ではなく鮮明に透き通る世界だ」 雨が風に靡いた。 「冬はすぐそこですね」 旅人は呟いた。 老狼からの返事はなかった。 雨音が曲調を変えた。 旅人はそっと老狼から眼鏡をはずす。 老狼の目が閉じた。 旅に出たのだと旅人は理解した。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加