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今日は新聞を読むのを忘れていた。
カウンターのなかで、舌打ちと一緒ににおでこを叩く。学校が休みの日はいつもこうなのだ。気が抜けている、というわけではないけれど、どうもひとつくらい意識に足りないところがある。とりわけ、今日の新聞は必ずチェックしなければならなかったのに。コメディみたいにがっくりと肩を落としても、人けのない店内では、観客の反応なんて得られる訳がなかった。
エプロンのポケットに手を突っ込む。ちぎれたメモ紙やボールペンに混じって、指先に冷たい金属が触れる。そっと取り出してライトに晒したそれは、大きめの硬貨だ。パパとママから、今日の店番のお駄賃にともらったもの。そう、これで新聞を買いに行けばいいのだ。毎回お駄賃はジャムの空き瓶に貯めるようにしていたのだけれど、今回ばかりは仕方がない。
私はあたりを見回して、お客がいないことを改めて確認した。レジのカギを締め、カウンターを抜け出す。外を眺めても、今にも入ってきそうな人は見当たらなかった。自動ドアのスイッチを切る。一気に重たくなった大きなガラス板を手で無理やりこじ開け、外に出た。店のすぐ裏手にあるコンビニまでは、歩いて三分もかからない距離だ。
外に出た瞬間、熱気と湿気をたっぷり孕んだ、むっとした空気が体にまとわりついた。真夏の昼下がりの、一番気だるい時間だ。
店が一番混み合うお茶の時間まではまだ余裕があるから、多少留守にしてもかまわないだろう。どうせほんの数分のことだ。
家族全員、新聞はわりと読む方だけれど、特に定期購読はしていないので、何か気になった事件が聞こえてきたときだけ、コンビニで買うようにしている。
今日も朝起きたらすぐ、店に出る前に買っておこうと昨日のうちから思っていたのに、フルーツ専門の問屋さんが営業に来たり、来月に行われる町内のお祭りで出すクレープの味について考えたり、時折やってくるお客さんのレジを打ったり、そういった仕事をこなしているうちに、買いに行くのをすっかり忘れてしまっていた。
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