パティスリーショップの少女。

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細い道のつきあたりまで真っ直ぐ歩くと、角をぐるりと回って、表通りへ。 角から駅の方角に向かって二軒目が、うちの店の後ろに建っているコンビニだ。つまり私の家が経営する洋菓子店は、あまり人目につきにくい裏通りに建っていることになる。常連さんのなかには「こんなにおいしいお菓子を売っているのに、なんで裏通りみたいな目立たないところにお店を出してしまったのか」と言ってくれる人がいるけれど、私はこの立地がなかなか気に入っている。本当に素敵なものというのは、人知れないところにひっそりと存在していた方が、その輝きが増す気がするのだ。それは甘くうつくしい、秘密と同じ。 入り口のところに設置されたマガジンラックからいつものようにこのへんで一番幅を利かせている地方紙を一部とって、レジへ向かう。代金を支払いながらアルバイトのお姉さんにビニール袋を断って、新聞をそのまま手に持ちながら外に出た。 ふたたび角を曲がり、表通りを裏通りへと進んでいく。今朝は随分にぎやかだったとママから聞いたけど、今は別にそんなこともなく、ただいつもどおりの街並みがのんびりと広がっている。歩きながら、新聞を広げた。目当ての記事は、めくって、めくって、三面にあった。 ていうか、三面記事じゃないか。 黒い枠に白抜きの文字が躍る見出しを眺め、記事の内容に移ろうとした時、小さな洋菓子店の前、開かない自動ドアの前にふたつの人影が見えた。 「すみません、今開けます!」 新聞を適当に畳みながら、慌てて駆け寄る。私の声にその二人は振り向くと、こちらに向かって軽く頭を下げた。 「こちらのお店のお嬢さんですかな?いや、お休みかと思いましたよ。しかしお店のなかには、電気がついておられるものですから」 真夏を思わせるような陽射しだというのに、二人の男性は、どちらも沈んだ色のスーツをきっちりと着込んでいる。 私と二人だけ、ほかにはこの通りに誰もいない。 自分の着ている半袖とスカートが急に場違いなものに思えて、視線を空中にさまよわせた。昼下がりの光が目を射ってまぶしい。むきだしの首筋にじわりと汗がにじんだ。
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