パティスリーショップの少女。

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ひとりは年嵩の男性だ。人の良さそうな笑顔を浮かべて、額の汗を――やはり暑いのだ――手のひらで拭っている。 もうひとりはずいぶん若い。おにいさん、という呼称が十分通る年齢に見えた。年嵩の方の人よりは暑さに強いのか、だいぶ涼しげな表情をしている。 「ちょっとだけ買い物に出ていたんです。裏のコンビニまで。お待たせしてすみませんでした」 「ほうそれは。失礼ですが、他にお店番の方はいらっしゃらないのですかな?いや、すみません、単純な興味からの質問なのですがね」 決して文句ではありませんよとでも言いたげに、年嵩の男性は軽く顔の前で大きな手を揺らす。 「いつもは父と母が二人で店に立っているのですが、今日はどちらも夜まで留守にしているもので。代わりに私が一人で店番、というか留守番をしているのです」 「なるほど、そうでしたか。若いのにご立派ですな。しかしあれです、最近物騒ですからね、十分にお気をつけなさるといい」 年嵩の男性は、すぐ後ろに立っている若い男性を振り返って、目配せをする。 「今朝のことはご存じですかな?」 今朝のこと、言えば、このあたりはもちろん、市内一帯昨日以降、というか今日陽が昇って以降ずっと、「あの」話題でもちきりだ。 もちろん知らないはずがない。 「もちろんです。今も、その件で新聞でも読もうかと思って、それを買いに留守にしていたところですから」 ほら、というように、二人に向かって先程雑に畳んだ新聞を振って見せる。紙がごちゃごちゃになってしまうけれど、目当ての記事のほかには、用があるのはテレビ欄と天気予報くらいだから、特に問題はない。 しかしケーキやクッキーを買いに来たお客さんともちょっと違う気がするけれど、この二人は何をしに来たどこの誰だろうか。 出来ることなら、店に戻ってカウンターのなかでのんびり新聞の続きを読みたかったのだけれど。 「実は今こうしてお店に伺っているのは、それと関係があるのですよ。昨日の明方に、ひとつ向こうの通りで起きた盗難事件――世間では『レモンシロップの宝石事件』と呼ばれているそうですな。その事件について、お話を伺いに、と」 申し遅れました、と付け足すと、年嵩の男性はポケットから小さな手帳を取り出して、ぱかりと開いて見せた。
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