パティスリーショップの少女。

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「私は警察の者で、和三盆と申します」 続いて、後ろの若い男性も同じく手帳を出して、中を開いて見せる。 「黒蜜糖です」 顔写真の貼り付いたそれは、よくテレビドラマで見かけるのと同じだった。 というか、普通に暮らしていればテレビドラマくらいでしか見かけないものだった。 警察手帳。 この地区にある警察署の名前が書いてある。 「私にご協力できることはあまりないかと思うのですが」 「いやいや、みなさんにお話を聞いて回っているのですよ。お仕事の最中に大変申し訳ありませんが、あまりお時間は取らせませんので、ね、ひとつ」 この時点で十分に時間はとられているような気もしたが、そこを論点にしてもきっとどうしようもないだろう。そのくらいは、私にだってわかる。 それにいくらお客があまり来ないからといって、店番の名にかけていつまでも店を閉めっぱなしで門前で立ち話、という訳にもいかない。 「そろそろお店に戻らなきゃと思っていたのですけれど……」 「そうでしょう、承知しております。けれどまあ、話が話ですしね」 あまり気にしないようにしていたが、さっきから年嵩の男性――和三盆刑事が、厚いガラスの向こうのショウケースをちらちらと眺めている。若い男性――黒蜜糖刑事は、涼しげな表情こそ崩さないが、やはり暑いらしく、高い鼻の頭には汗の粒が浮かんでいた。 仕方がない。というか、私のこの言葉を待っていたんじゃないだろうか、と薄々思わないでもなかったが、そこを深く気にしてはいけない。 二人に気づかれないように小さく溜め息をついて、私は自動ドアに手をかけた。 「ではお店のなかでお話をしましょう。混みあう三時までには、まだ時間がありますから」 こうして今日の午後の営業が始まった。 うちの洋菓子店に警察が来たのは、少なくとも私が知っている限りでは初めてのことだった。
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