パティスリーショップの少女。

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万年筆の頭でこめかみを掻く黒蜜糖刑事の後ろで、和三盆刑事が顔を逸らして噴き出した。すぐに向き直って「いや失礼」と言ってくれたけれど、私はなんだか急に恥ずかしくなってしまった。二人の態度がいやみたらしくないところが救いだった。 「ええとそういうわけで、ぐっすりと眠っておりましたので、何も思い当たることはございませんでした。ということで」 季節のフルーツケーキ四個、単価三三〇円(うちひとつ事前予約取り置き分)と言う書き込みを最後に、ちょうどノートの記入も終わった。 わざとらしく音を立てて、百枚綴りのノートを閉じる。小さいころベッドに入って、母が読んでくれた本をこうして音を立てて閉じると、それはおやすみの合図だった。 「ご協力感謝いたします」 「お忙しいところ、申し訳ありませんでした」 出会った時と同じように、二人の刑事は丁重に頭を下げた。 壁にかけられたオルゴール時計を見ると、お茶の時間まで、あと三十分少しと言ったところだった。 この二人を見送ったら、そろそろ混雑に備えて準備に取り掛からなくてはならない。今日は暑いから、生菓子テイクアウト用の小さな保冷剤の補充は必須だ。店内の人数が増える前に、エアコンの温度をもう少しだけ下げておこうか、どうか。 暑いと感じてから対策するのでは、商品にとっても接客にとっても遅く なってしまう。 「その時間のことでしたら、うちよりパン屋さんとか新聞屋さんとか、その時間に起きていそうなお店にお聞きになったらいいと思いますよ。特にあのパン屋さん……なんて言ったっけな、そう、クレムさんだっけ、あそこはカラメルさんからそう遠くないところにあったはずですし」 和三盆刑事がちらりと目だけで合図を送ると、黒蜜糖刑事は流れるようなしぐさで手帳にメモを取った。 「なるほど、当たってみましょう。ありがとうございます。ところで」 言葉の後ろで、パトカーがサイレンを鳴らさずに通り過ぎていった。パトランプの赤い色が自動ドアのガラスの向こうでくるくると回転しながら、通りの向こうへ小さくなって消えていく。
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