1人が本棚に入れています
本棚に追加
金木犀の香りが教室の窓からすべりこむ季節に、彼女は拓海の前に現れた。
「みなさん。おはよう。3年8組初の転校生、田中花子さんだ」
その美しい容姿に、そして、あまりに不釣りな平凡な名前を先生から聞き、どう反応していいのか戸惑い教室はどよめきに包まれた。
「あの子モデル?」
「アイドルみたい」
「ハーフじゃね?」。
ささやく声が聞こえる。
亜麻色の髪に透き通るような肌。
恥ずかしそうにうつむく彼女を見て、妖精みたいだと拓海は思った。目を逸らす。何か見てはいけないものを見ているような気がしたから。
いや、そうではない。「ヒラメじゃがいも」というあだ名を素直に受け入れている全校一とも噂されるブ男の拓海にとって、美女すぎる彼女は100%無関係な存在だと確信できるからだ。
中学時代に、にきびがひどくなった。医者に通って薬を飲むほどであった。
高校になって症状は落ち着いたもののにきびの跡が顔のあちこちに残り顔肌がでこぼこしている。これが「じゃがいも」の由来でもある。
「ヒラメ」がつくのは、目が細くその距離がかなり離れているからだ。
自己紹介が終わると花子は先生が指定した一番後ろの席へと歩き出した。
皆の視線が田中に集まる。彼女は右手に持っていたカバンを左手に持ちかえようとして拓海の横で立ち止まった。バランスを崩してか拓海の肩に手をついた。
「あっ」
と数人が声をあげると同時に、「ごめんなさい」と花子はいった。目があった。
「別に、大丈夫」。
拓海はぶっきらぼうに言葉を返した。
女子と接するのが苦手だ。からだが熱くなり、顔の赤くなるのが自分でもわかった。
あわてて窓の外を見た。笑う声がする。気配で皆が見ているのがわかる。
うるせえ、黙れ。
胸の内で何度も呟いていると、お揃いのジャージを着た生徒たちが校舎から出てきた。空は灰色。今にも雨が降り出しそうだった。
最初のコメントを投稿しよう!