人生交換所

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「ここは一体、何を扱っている店なんですか」  相手が妖怪や幽霊の類ではないとわかったところで、彼は聞いた。きっと珍しいものには違いあるまい――そのくらいの想像はしていたが、老婆の答えは彼の想像など及びもつかないものだった。 「人生じゃよ。人間の一生のほんの一部……じゃ」 「人生!?」  ただただ目を丸くする彼に、老婆は続ける。 「他人の人生を生きてみたいと願う客から、以後数年の人生を買い取る。それと引き換えに、同じ年数分の『他人の人生』を売る。自分の人生を手放した分を他人の人生で埋める、いわば『人生交換所』じゃ」  彼は言葉を失くし、ただ茫然としていた。普通なら鼻で笑って終わる話が、老婆の奇妙な迫力のせいでがぜん真実味を帯びて聞こえる。 「では、この壺の中身はまさか」 「うむ。これまでにあたしが買い取り、まだ売れていない『人生』じゃ」  先ほどまで疑問だった年数の書かれた紙切れは、つまりそういうことなのだろう。老婆の言葉を信じるなら、壺の中には紙に書かれた年数分の『人生』がつまっているのだ。 「お金では買えないんですか?」 「悪人も善人も、富めるも貧しきも命そのものの価値はおんなじじゃ。金には代えられん。じゃから、ぴったり同じだけの自分の人生と、交換になるんじゃよ」  客の中にはちょっとした心付けを施してくれるものもおるがの、と老婆は付け加えた。どうやら笑っているらしかった。 「人生を交換か、物好きもいるものだ」  とはいえ、並べられた壺はそれなりに数が揃っている。それだけ多くの人間がこの店を利用しているということだ。となると、『商品の質』というものにも、少なからず興味が湧いた。 「気になっておるようじゃのう」  視線の動きをさとられたか、でなければ心を読まれたかのようなタイミング。彼は否定を口にするつもりでいたが、この老婆相手に隠し事は不可能のように思われた。ほかに言葉を遮るだけの理由も、なかった。 「辛い現実から逃げたくて店に来る客もおる。はたまた、今は何不自由ない人生を送っておっても、昔の苦労を忘れぬようにとあえて交換に来る客もおる。苦であれ楽であれ、手放すものがおるということじゃな」 「辛い現実から逃れる、か」
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