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――ああ、ああ。泣かないでおくれ。
――お前に泣かれると弱いんだ。
――おお、そうだ! 私のしっぽで包んでやろう。ん、そうか。くすぐったいか。
――ああ、そうだ。笑っておくれ。
――私の――――。
◆ ◆ ◆
今日も朝から寒さが募るらしいが、オレこと小春木静和(こはるぎしずわ)の生活圏たる京東(きょうとう)都荒々(あらあら)市花野町(はなのまち)は、天気がいい。冬場の貴重な晴れ間になにをするのかといえば、出かけるわけだ。【あやかし】が関わるとある場所に。
この町では【あやかし】――いや、【あやかし】様の存在が当然であった。他の町にもいるともいないとも言い切れないけれど、この町では何十年も前から【あやかし】と共存をしていたのだから。人間と同様に【あやかし】が営むお店も多々あったし、違和感なんていうのはない。たぶん、この町に生きる者はみんなそうだろう。
オレの祖父母も例外ではなく、【あやかし】様が営むとある小料理屋に何度も通っていた。早い・安い・うまいの三拍子ともなれば、通えといっているようなものだ。近くに住んでいたオレたち家族も誘われ、みんなで通っていれば、いつしか顔馴染みとなっていた。常客が【あやかし】まみれだったのは、のちに解ることである。人間と同じく、酒癖がとても悪い【あやかし】が多々いるということも。
店主たる【あやかし】様はといえば、優しい方と言えるだろう。たとえ汚ならしい食べ方であったとしても、やんわりと言うだけなのだから。『こうすればもっとおいしくなるさね』と――。
もちろんそれだけではなく、料理をしている姿はとても美しい。動きにくそうだと思われる淡い色の着物だというのに、調理場を縦横無尽に動き回っては次々に新しい料理を作るのだ。腰まで届きそうなひとつに纏めた油揚げ色の髪は、揺れたまま止まることを知らないようである。店内に漂う香ばしい匂いがさらなる食欲を湧き上がらせていくのは、料理屋ならではだろう。『さあ、お食べ』とにこりと笑みをこぼす顔の上――頭頂部には【妖狐】だと言ったとおりに三角形のキツネミミがある。もちろん、しっぽの方もしっかりと存在を主張しておりますよ。
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