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「…ふっ、既に那由他の現身は完成させている…だが器があっても中身は伴っておらぬ…
その上、従者にする者が彼方だけでは心もとない故、奴に人をまだ狩って来る様に命じていたーこれがこの事件の顛末だ。
お前、弟を探していただろうー返してやるから近う寄れ」
「…わかった」
何でも見通せている卯月紫苑を不気味に思いつつも桜井は弟奪還の為に近づいた。
菊はその様子を振り向いて眺めていたーだから、油断していたのかもしれない。
「冥途の土産だがなあっ!」
叫び声と共に紫苑の右腕が黒い閃光になり、次の瞬間、首をつかんでいた菊の左腕を切り離していた。
「がっ…しまったっ」
菊は苦しそうに呻くとその場に立膝を付いた。
「弟と共にあの世に行くがよいっ!」
「弟だけにはこれ以上手出しはさせんっ!」
桜井は強靭的な脚力で彼方に近付くと蹲り、彼を庇った。
紫苑の黒い凶刃となった両腕が桜井の背部に交差した深い傷を付けた。
「がはあ…っ」
桜井は仰け反り血を吐くと弟の上に倒れこむ。
気を失っていた彼方が目を覚ますと…大きく目を見開いた。
「兄さん…そんな…」
正気を取り戻した弟は自分の上で切り裂かれる兄の姿を見るだけしかできなかった。
「ああ…無事で…よかった…」
切り刻まれる苦痛は尊像もつかない物だろう、しかし遥は彼方を笑顔で見やった。
しかし紫苑の一方的な攻めは長くは続かなかった。
「くたばれこの鬼畜生めっ!」
菊の叫び声と共に那由他の一閃で紫苑の右腕が切り離され、その背に大きく切りつけた。
「がああっおのれえ…っ」
紫苑は悲鳴を上げるとその額に四つの角を出し赤い双眸を煌々と煌かせた。
『がははははっ!人間どもよ!この場はここまでだ、必ずまた私は此処に戻ってくる、必ず、那由他を我が手に、必ず…』
紫苑は声を響かせると、大きな音と共に黒い穴を出現させ空間を歪ませた。
そして切り裂かれた右腕はそのままにその空間に姿を消してゆく。
『必ず我が悲願を…っ』
声を残し卯月紫苑は姿を消した。
紫苑を切り付けた菊の体は不思議な事に綺麗さっぱり傷を残してはいなかった。
これも超人的な鬼故の回復能力だった。
ガラガラと大きな音を立てて周囲の景色が崩れてゆくと、空の上に吸い込まれるようにー
逆さまに、旧校舎の屋上に居た人々の体は真っ逆さまに落ちて行った。
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