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五時間ほどでマウント・クックの山麓に着いた。そこからは草緑のなだらかな山裾と遥か彼方に、青空を背景に雪を頂いて聳える巨大な山のピークが望めた。雅彦は美しく壮大な眺めに圧倒された。
昼時となり、彼らは、アンが柔らかな草のうえに敷いたシートに坐り、持参したサンドイッチをほおばった。
そこから見渡せる山裾には小規模の滑走路があり、赤と白の目立つ配色の大きな吹き流が山麓を駈け下りる風を一杯にうけて翻っていた。
「マウント・クック・インターナショナル・エアポート」
トムが吹き流を指さしながらおどけて言った。その仕草がおかしくて雅彦とアンは笑った。
「ほら、飛んできたわ」
今度はアンが指さす空を見上げると、山のピークの上空にセスナ機がちいさく浮かんでいた。
「山を観にきた遊覧飛行よ」
アンが楽しげに言った。
トムは三十代中頃で、ブラウンの髪と日焼した赤銅色の肌をしていた。背は高くないが、恰幅のいい体格をしていた。快活、率直でセールスマン向きの性格だった。
彼はクライストチャーチで生まれ育った。すこし粗削りだが、エネルギッシュなところをウィリアムズ社長に気に入られ、一年ほど前から彼の会社に勤務し始めた。
アンはトムと同年配で輝く金髪と弾けるようなピンクの肌をしていた。彼女はオークランド出身で、トムが仕事でオークランドへ頻繁に出張しているころに知り合った。
彼女はトムが新しい職場を得たことを喜んでいて、これからは彼の郷里のクライストチャーチで暮らしてゆくつもりだ、と語った。
「マーク、あなたはニュージーランドは初めてですね。どうですかここは」
トムがグラスのオレンジジュースを飲みほして訊いた。
「素晴らしいですね。こんなに美しい景色を見るのは初めてです」
「あなたはどうして商社に入られたんですが」
「商社に入れば世界中行けるんじゃないかと思って。単純な理由です」
雅彦は笑って応えた。
「そうですか、スケールが大きくて、見聞も広まったいいですね」
「まあ、そうですけどね。でも、ここで暮していけるあなた方も幸せだと思いますよ」
「私はカンタベリー大学でラグビーをしていたんです。それで、英国への留学も考えたんですが、お金の問題で諦めました」
「そうですか。それは残念でしたね。トムはラグビーむきのいい体格をしてますもんね」
「マサヒコさんはどんなスポーツを」
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