第1章

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郁子が心配顔で言った。 「覚悟してるわ。バイトもするつもり。郁子はどうするの」 「・・・」 郁子は一瞬、口ごもった。彼女は自身の思慮のなさを思い、そして綾子の目標を狙い澄ました固い意志に驚かされた。        郁子が初めて綾子に会った一年生のころから、綾子は自分の考えを持ち、はっきりものを言い、すばやく行動する生徒だった。郁子は自分とは違うそんな綾子に魅力を感じて いた。 「綾子をみていると、焦っちゃうわ。私も 早く目標を決めないと・・・」 コーヒーをひと口飲んで郁子が言った。 「そうよ、郁子も早く決めないと遅れちゃ うわよ。来年はもう三年生よ。なにか考えてることあるの」 綾子はそう言って、サービスのクッキーをほおばった。 「特にないんだけど。でも海外には興味が あるわ」 「そうなの、なんだ、それなら海外留学でもすれば」 綾子は事もなげに言った。 「そうね、それもひとつの手ね」 綾子の言葉は郁子のまだ纏まらない考えに輪郭を与えていった。         それから一週間ほどたった日の夕方、学校帰りの郁子はいつも通る公園にさしかかった。                   彼女は黄昏に浮かぶ公園の森にいつもとは違った雰囲気を感じた。森の木々は色づき はじめ秋の装いをみせていた。       木立の奥から山鳩の呻くような啼声が聞こえてきた。次の瞬間、キュキュキュ、という鳩特有の鋭い羽音がした。彼女が木立を見上げると、一羽の山鳩が小枝を震わせ勢いよく飛び立ち、瞬く間に黒いちいさな点となり、暮れなずむ茜色の空へ吸い込まれていった。        山鳩が力強く飛翔する姿が、彼女の心に焼きついた。          その夜、彼女はアメリカ留学を決めた。彼女は以前から海外へ興味をよせていた。東京のなんの個性も持ちあわせてない大学へ進み、卒業後は平凡なОLになる、という絵は彼女には描けなかった。            アメリカへ留学し、卒業後はできれば地元で就職しよう、と思った。           <このちいさな街から出たい>        子供のころからの思いがくっきりと蘇り、心 にかかっていた霧が晴れる思いがした。 それから彼女は留学エイジェントと連絡を取り調査を始めた。さまざまな条件と選択肢のなからカリフォルニア州パサディナの大学を選んだ。              
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