第1章

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ひとしきり発言が相次いだあと、議論のなりゆきを見守っていた四年生の葛城が口を開いた。 「まあまあ、みんないいじゃないか。もうすこし彼らの計画を詳しく聞こうじゃないか」 葛城は部内では進歩派で、唯ひとり下級生の意見を聞く耳を持っていた。一見、能天気でとぼけた感じの彼は下級生のあいだでは人気があり、雅彦も信頼をよせていた。 「計画をみんなで吟味してから、どうするか決めればいいんじゃないか」 葛城が続けた。 その後もさまざまな異論が唱えられたが、結局、次の部会に詳しい計画書を提出し、それにもとづいて議論を続けることでその場は収まった。  部会のあと雅彦たちは木屋町のコーヒーショップにいた。 「清水っていうのはなんだ。あんなのが先輩だなんて、まったく情けなくなるよ」 正明が吐き捨てるように言った。清水は三年生のなかでも一番の保守派で、いつも下級生に睨みをきかせていた。だが、言行が一致せず、彼が周りの信頼を得ることはまったくなかった。                部員が規律を守り綱紀が維持できているのは、周りからの批判や反発を怖れない自身の献身的な行動のためだと、彼は思っていた。彼は頑固で厄介な扱いにくい先輩だ、と下級生の見方は一致していた。 こんどの部会でも、雅彦たちの計画に反対を唱える急先鋒になったのは彼だった。 「あんなに古い考えの先輩が我が部にいるなんて信じられない。あれでよく自分が左翼リベラルだと吹聴できるよ」 陽一も怒った調子で続いた。普段からおっとりとしている陽一が憤る姿を、雅彦は初めて眼にした。 「左翼リベラルが聞いて呆れるよ。あれじゃ保守本流も跣で逃げ出すよ」 正明が返した。 「あいつ、本当に左翼なのか」 雅彦が訝しげに訊いた。 「マルクス経済論の講座をとってるそうだよ」 陽一が応えた。 「あんなカチンコの頭でマル経が解るのかな」 雅彦が返した。 「解るわけないさ。自称左翼の典型さ。進歩派を気どってるだけだよ。要するに伝統主義の男なんだ」 清水を完全に見放している正明が嘲笑気味に言った。 「伝統主義ってなんだ」 陽一がすかさず訊いた。 「伝統主義とはだな、これまでずっとやってきた事を、ただやってきたという理由だけでまた、ずっと続けていくことさ」 正明が面倒くさそうに説明した。 「なんだ、事なかれ主義でなんにもしないってことだな」 陽一が落胆したように言った。
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