第1章

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こんどの計画に、あの因襲的な頭でしきりに伝統を振りかざして執拗に反論を浴びせてくる清水と、左翼リベラルを自称する彼の像を一つに重ねることは、雅彦には到底できなかった。 「それに較べ葛城さんはさすがだな。僕らの計画をちょっと聞いただけで全てを理解してたな」 雅彦が感心した様子で言った。 「そのとおり。誰とは言わないが他の先輩とは頭のできが違うんだよ」 陽一が応えた。 「葛城さんは僕らの計画の事だけじゃなく、部の将来まで考えてるようなだ」 陽一が言った。 「そうさ。部がこのままじゃだめなのは眼に見えてるから、抜本的な改革が必要だと思ってるんだろう」 雅彦が返した。 「具体的に計画を詰めないとな」 雅彦が続けた・ 「そうだな。まず予算を考えないと」 正明が返した。 「マレーシアのビザって簡単にとれるのかな。それにボルネオの詳しい地図もいるね」 雅彦が二人の顔見ていった。考えてみると分らないことばかりだった。すべてが手探りのなかで始まった。 「ビザは旅行代理店で訊けばいい。地図は、そうだな丸善あたりに行けばあるだろう」 正明の言葉を耳にしながら雅彦は窓の外に眼をやった。               高瀬川の畔に桜が見事に咲きそろっていた。花びらが風に舞いながら川面に落ち、音もなく流れに乗って瞬く間に消えて行った。  雅彦たちは葛城の言葉に力を得て、部内を説得するために、まず入念に資料を集めた。それでも情報不足だと思った彼らは、ボルネオ遠征経験のある山学会や他の大学の山岳部を奔走し、現地の最新情報の収集に努めた。調査活動の結果分ったことは、ボルネオ島への遠征経験者は意外にすくなく、マウント・キナバルの情報も思ったほど多くない、ということだった。 それでも彼らは苦労して集めた資料と情報をつなぎ合せ、そこそこの計画書を作り上げた。                   次の部会に、「北ボルネオ踏査計画」と題された計画書が提出された。 上級生の間には根強く反対意見があり、部会はいつになく長引いた。二時間以上の時を費やし議論も出つくした頃、それまで沈黙していた三年生の副部長が発言した。 「我が部の伝統は自治自立の精神だったはずだ。これからはプロジェクト・チーム方式で自由に企画し、部会の承認さえ得れば実行できる、ということでいいじゃないのか」
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