第1章

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乗船の条件として雅彦たちは、彼らの身に万一のことがあっても、船会社に一切の責任はない旨の誓約書を提出させられた。  木材を輸送する貨客船の予定と日本での寄港地はあらかじめ決まっておらず、積荷と買注文の状況により船が日本近海に到着後、急遽寄港地が決まる。今回、彼らが乗船を予定していた船の寄港地が広島に決定したのも入港の二日前だった。  広島に着いたその夜、彼らは駅前のビジネス・ホテルに一泊した。翌朝、彼らは広島港の船舶代理店の担当者に桟橋に案内された。桟橋には彼らが乗船する四千トンの貨客船「天祥丸」が停泊していた。 「思ったより大きいな」 正明が船を見上げていった。 「本当だ。誓約書を取られたけどこの船なら沈むこともなさそうだな」 陽一も黒く聳えたつ舷側を見上げながら言った。 彼らが長いタラップを登りデッキに着くと、クルーのひとりが笑顔で出迎えた。 「みなさん、ようこそ。一等航海士の森田です」 「今日からお世話になります」 雅彦も笑顔で応えた。 案内された狭い船室には金属パイプの二段ベッドがおかれ、真新しい白いシーツが彼らの眼に入った。 「荷物をおいたらブリッジへ案内しましょう。機関長を紹介しますから」 森田に案内されて上がったブリッジで機関長の早川に紹介された。 「おっ、学生さんだね。宜しくたのむよ」 「宜しくお願いします」 正明が応えた。 「あの、船長にもご挨拶したいんですが」 雅彦が森田に言った。 「船長はいま出航準備で忙しいんです。あとでランチのときに紹介しますから」 雅彦たちは船室へ引き返し、ベッドの端に腰を掛けた時、すこし落ちついた気持になった。 「この部屋ちょっと狭いなあ」 陽一が部屋のなかを見まわして言った。 「そりゃお前の家に比べりゃ狭いだろうさ」 正明が笑いながら返した。 「お前が贅沢なのさ」 雅彦も続いた。 陽一は法学部に籍をおいていた。京都の園部にある彼の実家は地元でも有力な農家で、彼は広々とした家でなに不自由なく育った。 正明は工学部で機械工学を専攻していた。 「こんな外洋船に乗るのは初めてだな。あとで船のなかを探検してまわろうな。面白そうだぜ」 正明はエンジニアを目指しているだけに、この船に好奇心を刺激されていた
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