第1章

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 暫くすると船の出港が告げられた。彼らはデッキに立ち、遠ざかる桟橋を眺めていた。船舶代理店の担当者が桟橋で大きく手を振って船を見送っていた。十日間の船旅の始まりだった。  船が広島湾を出て外海を滑り始めたころランチタイムになり、メイン・ダイニングにオフィサーが全員集まった。 「船長、今回乗込まれた学生さんです」 森田が上座に坐ろうした船長に雅彦たちを紹介した。 「おう、そうだったな。山登りだってな。宜しく頼むよ」 「こちらこそ宜しくお願いします」 雅彦が笑顔で応えた。雅彦たちは森田の隣の席についた。 「船長、台風が接近してます」 森田が船長に言った。はっきりした口調だった。 「うん、そうだな。天候は逐次報告してくれ よ」 「了解しました」 雅彦たちは互いに顔を見合わせた。台風が接近していることを、彼らは初めて知った。 「台風が来てるんですか」 陽一がすかさず森田に訊いた。 「ええ、いま南シナ海を北上中です。本船とまともにぶつかるかもしれませんね」 「えー、そうなんですか」 三人は困惑気味に再び顔を見あわせた。  ランチのあと彼らはブリッジへの狭い階段を上っていた。 「いきなり台風とはな」 陽一が下から上がってくるふたりに言った。 「しかたないさ。自然現象はどうにもならないさ」 雅彦が諭すように言った。ブリッジに入るともう森田の姿があった。 「君ら、デッキに出るときには充分注意してくれよ。海に落ちたらもう最後だよ」 森田が彼らの顔を見るなり言った。 「えっ。落ちたら救助できないってことですか」 正明が訊いた。 「そうだよ。本船は二十五ノットで走っているんだよ。波がすこしでもあれば、人間の頭は小さいからまず発見は無理なんだ」 「そうか、そうなんですね」 正明は妙に納得した様子だった。  翌朝、雅彦は堅いベッドのうえで眼覚めた。眼の前が白かった。一瞬、彼は自身がどこにいるのか分らなかった。眼に映った白い物は頭上の二段ベッドの床だった。 船内の時間は前日と区別がつかないほど同じように流れて行った。オフィサーたちは同じように食事をとり、時計のように正確に仕事をこなし、そして一日が終わる。 夜になって、接近してきた台風の進路と天祥丸の針路が衝突コースにあることが判明した。このまま針路を維持すると船はまともに台風に突っ込むことが予想された。船は北に転舵し、鹿児島沖に避難することになった。  
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