第1章

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 三日目の朝、雅彦は眼覚めたとき、なにか不穏なものを感じた。ベッドから立ち上がろうとしたとき、身体が揺れ転倒しそうになった。船が揺れていた。三人は船室を出てダイニング・ルームに向かおうとしたが、揺れのためまともに歩くことができなかった。雅彦は揺れるたびに狭い通路の左右の壁に身体をぶつけた。後ろに続くふたりも同じようにまともな歩行は困難な状態だった。 「こりゃひどい。台風をうまく避けたんじゃなかたのかい」 陽一が後ろで呟いていた。三人はかなり身体を壁にぶつけたあとダイニング・ルームに着いた。揺れ動くテーブルに朝食がおかれたが、雅彦は頭が朦朧とし、半分ほどしか喉をとおらなかった。驚いたことに、陽一だけは激しい揺れを気にもかけず、いつもどおり食事をたいらげていた。 「お前、こんな状態でよくそんなに食えるな」 蒼い顔の正明が言った。 「大丈夫さ。腹へってるもん」 こいつ、鉄の神経を持っているんだ、と雅彦は羨ましく思った。 「船長、台風が進路を変え鹿児島沖を北上中です。予想外の進路をとりそうです」 森田の言葉にみんな失笑した。無理もなかった。台風を回避するために北よりに針路を変更した天祥丸を追うように、台風も進路を変えていたのだ。船長もみんなの顔を見やりながら笑っていた。  天祥丸は枕崎沖に錨を下し停泊した。午後になると風が強まりやがて船体は揺れを増していった。彼らがブリッジに上がり外を見渡すと、船体は雨に包まれ視界はきかなかった。 「本船のブリッジは船体の最後部にあるから余計に揺れを感じるんだ」 森田も外を眺めながら言った。 「そうか、だから揺れが激しんですね」 船に興味を抱いている正明が頷いた。 「君ら、ここにいると酔うよ」 森田が言ったとき、雅彦は気持ちが悪くなり、軽い吐気を催した。正明も蒼ざめていた。陽一だけが何事もないように雨に曇る外を眺めていた。 彼らは船室へ引きあげてきた。雅彦は身体を動かす気にならずベッドに横になっていた。正明も同じようにベッドに寝込んでしまった。  夜になり風雨はいっそう強さを増していった。四千トンの巨体は海上を荒れ狂う嵐に翻弄された。 雅彦は夕食をとる気にもなれず横になっていた。隣のベッドには寝ている正明の姿が見えた。陽一の姿はなく、雅彦は彼ひとりで食事にいったのだろうと、朦朧とした頭で思った。
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