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ガガーンという地の底から響いてくるような音で雅彦は眼を覚ました。深夜だった。巨大な波が海の魔人となって次つぎと舷側を噛み船体を震わせた。音と衝撃はある周期をもって船体を襲ってきた。雅彦はこのとき、この航海で初めて恐怖を覚えた。
眼を凝らすと、薄明りのなかで顔をこわばらせて佇む正明の姿があった。その時、二段ベッドの上から嵐の音とは違った音が聞こえてきた。陽一のいびきだった。
翌朝、台風は過ぎ去り、空は晴れあがっていた。錨を揚げた天祥丸は、朝の陽光を浴びて再び南下を始めた。
ダイニング・ルームは活気をとり戻していた。雅彦と正明も二十四時間ぶりに空腹を覚え、食べっぷりがよかた。
「すごかったな、台風、驚いたよ」
陽一がオレンジジュースを飲みながら言った。
「よく言うよ。お前は平気だったじゃないか」
正明が苦笑しながら言った。
「それにしても、お前どんな体質してるんだ。よくあんな時にものが食えるな」
雅彦が続いた。
「別にどうってことはなかったけどな」
陽一は事もなげに返した。
「船の上で台風にあったのは初めてだ」
雅彦が真顔で言った。
「あたりまえさ。船上で台風に襲われるなんてそう滅多にあるもんじゃない。マウント・キナバルに登るより貴重な体験さ」
正明の言葉にみんな笑った。
天祥丸は静かな海を滑るように南下した。太陽は天空高く昇りつめ、大気は熱を孕んでいた。
雅彦たちはデッキで焼けつくような陽射を浴びながら海の輝きを眺めていた。水平線に陸地らしき淡い影が浮かんでいた。
「おい、陸がみえたぞ」
最初に陽一が声をだした。
「本当だ。あれ島じゃないのか」
それは紺碧の海の彼方に蜃気楼のように見え隠れしていた。
正明が船室から持ってきた双眼鏡で島影を観測し始めた。
「おい、あれは島なんかじゃない。陸地だ」
「僕にも見せろよ」
雅彦が正明から双眼鏡を取りあげた。
「本当だ。あれは陸地だ」
島影はみるみる大きくなりはっきりとした陸地の姿を現した。双眼鏡の向こうでは、ココナツ・ツリーと草ぶきの民家が立ち並ぶ海岸に静かに白波が打ちよせていた。
航海は四日目を迎え、船はフィリピン沖を通過していた。船の左舷にはルソン島と思われる陸地が見えた。やがて真っ青な空を背景に美しい山の姿が眼に入った。
「あの山、綺麗な形してるな」
陽一がいち早く山を見つけていた。
「あれ、なんとか言う火山だよ、たしか」
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