第1章

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雅彦が応えた。 その山は富士山に似た美しい成層火山、ピナツボ山だった。彼らはその美しい姿に魅せられたようにいつまでもデッキに佇んでいた。  彼らが船室へ引きあげようとした時、奇妙なものを見つけた。ブリッジの丁度真下のデッキに、ちいさなテーブルがだされ、その上に壺のようなものが置かれていた。壺の中から止り木が伸び何かがうごめいていた。 「なんだろう、あれは」 好奇心の強い正明が目ざとく見つけテーブルに近寄って行った。止り木にいたのは機関長の早川が飼っている白いオウムだった。  キャロットと名づけられたそのオウムは丈夫そうな黒い爪で止り木にしっかりと?まって、フック状に曲がった灰色の口ばしと爪で器用に餌の豆の皮を?いて食べていた。 ひとつの豆を食べおえると、止り木の上で身体を回転させたり、脚の爪と口ばしを器用にに使って上下に忙しく動きはじめる。    正明が豆を手でやると、愛想をするようにちょっと頭をかしげ、口ばしで受けとり、また器用に皮を?いて食べている。 キャロットの愛嬌のある仕草は彼らの心をなごませた。 その日から下船するまで、彼らは毎日キャロットと顔をあわせることになった。  ある夜、雅彦はブリッジに上がってみた。 ブリッジから張り出したデッキで森田が六分儀を覗きながら、脚を踏ん張り胸をそらして夜空を睨んでいた。一拍おいて口にくわえた笛を鋭く鳴らした。一体なにをしているんだろう、と雅彦は思った。 「なにしてるんですか」           雅彦もデッキにでて森田に声をかけた。 「本船の位置の測定だよ」 森田が応えた。 「でも、ロランかなにかで位置は正確に分るんじゃないですか」 「勿論分るさ。それでもね、手での測位も怠るわけにはいかないんだ。システムはいつダウンするとも限らないだろう」 森田は微笑んで返した。 「笛を吹くのはなんのためですか」 「集中力を高めて、その瞬間の数値を記録するんだ」 雅彦は笛の意味がやっと分り、なるほどと思った      水平線のうえに満月がかかり暗い海に光の帯を投げかけていた。手摺に身をゆだね月を観ていると、雅彦の心は揺れながらその妖しい光のなかに溶けていった。         *
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