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「ふーん、そうね、このままじゃ見通し暗
いわね。でもね、問題があったら何でもこ
のママに相談しなさい」
佳代子は胸をぽん、と叩いて言った。おどけた仕草に二人は笑った。話は尽きなかった。 その夜、二人は秋の味覚を心ゆくまで楽しみ、盃をかさねた。
雅彦が退屈気味に感じていた業務は、それから半年もたたないうちに想像をはるかにこえた苛烈なものへと姿を変えていった。
予定外の出張だった。ニュージーランドのディーラーで予想外の問題がおこり、雅彦は急遽オークランドへ出張しなければならなかった。
薄暮の成田を離陸したジャンボ機は途中、経由地のフィジーのナンディに着陸した。トランシット・ルームからは、まだ明けやらぬ南国の空と黒々としたジャングルが見渡せた。眠気のなかで、雅彦は明日から始まる交渉の組み立てを考えていた。
一時間ほどのトランシット・タイムの後、ジャンボ機はナンディ空港を離陸した。瞬く間に高度をとった機の窓一杯に朝の太陽が現れ、雅彦は眩しさに思わず眼をふせた。
ニュージーランドに到着した日にオークランド支店の現地スタッフから現状のブリーフィングを受けた。ここ一か月ほど続けられたオークランド支店とディーラーとの交渉は行き詰まっていた。そこで、雅彦はすぐにディーラーの本社のあるクライストチャーチに飛ぶことにした。
雅彦が搭乗した双発ジェットは北島にあるオークランドを飛び立ち、快晴の空を二時間ほど飛行し南島のクライストチャーチに着いた。
ジェットは低空を飛行し、地上の風景が手にとるように見えた。緑の牧草に蔽われた丘陵が果てしなく広がり、羊の群が白い塊となってあちこちに散在していた。のどかな景色は、しばし雅彦にエンジンの響きを忘れさせ、彼は雲間をひとり漂っているように感じた。
「マサヒコさんですね」
雅彦は空港の到着ロビーに出たところで呼びかけられた。にこやかな笑顔の男はディーラーのセールスマンでトムと名のった。
「やあ、雅彦です。お出迎えありがとう」
雅彦も笑顔で応えた。
ディーラーのオフィスは空港から車で三十分ほどの静かな郊外にあった。社長のウィリアムズが、彼の部屋で日焼した顔をほころばせて雅彦を迎え、大きな手で握手を求めてきた。
「やあ、マーク、元気かい。よくきてくれた」
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