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「一個あげる」 「……」 私は先輩の手のひらからひとつ飴を取りながら、初めて靴箱で話した時、まだ先輩が桐谷遥だって知らなかった時に、欲しくもないのにもらった葉っぱを思い出していた。 あれは春のうららかな放課後。 光の中、先輩の手のひらの中で一斉に背伸びをした桜の葉の黄緑たち。 ふふ、と笑ってしまった私に、頭上の先輩が「……不気味」とぼそりと呟く。 彼の胸を軽く叩いて怒った顔を向ければ、からかうような、でも少し優しいような笑顔が降ってきた。 「明日、また、美術室で」 家の前、手を振りながら先輩の姿が見えなくなるまで見送った私は、振り返って小さな照明に照らされた玄関扉を開ける。 「ただいまー。今日、久しぶりに部活行ってきたんだ」 お母さんと晩御飯の匂いに迎えられながら、私は口の中で黄色い飴玉をころんと転がした。                 -おわり-
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