第2章

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もうずっと長いこと、嵌めていることすら意識していなかった薬指の指輪が、不意に質感を変えた気がした。 数日後。青羽のアドバイスが良かったのか、鉢の中に小さな蕾がついた。 ……彼に報告しなくちゃな。 淡く色づいた蕾に指先で触れながら。 誰よりも彼女を思い出すはずのこの花に、別の人間が結びついてしまった事に。罪悪感めいたものを感じずにはいられなかったけれど。 「あ、いらっしゃいませ!」 書店に行くと、青羽がカウンターから身を乗り出すようにして声をかけてきた。ふさふさとした 尻尾をぱたぱたと振っている大型犬を、なんとなく連想する。 隣に立っていた女性店員が、呆れたような表情をちらりと見せた。 「花、元気ですか?」 「ああ、おかげで蕾をつけた。……咲いたら見に来てくれ」 彼の方から話を振ってきてくれて、ちょっとほっとする。 「君が早く上がれるのはいつ?」 思い切って切り出すと、え?と彼の目が見開いた。やっぱり唐突だったかと、思わず視線が泳ぐ。 「その……この間のお礼に、食事でもと……」 気後れした語尾が口の中で消えた。 「えええっ!」 彼の大声にレジの女の子が振り向いた。意表を突く反応に、顔に血が上る。「いや、あの、別に君が嫌なら無理にとは」 「いきますお願いします嬉しいですっ!」 最後まで言わせも果てず、青羽が一息にまくし立ててくる。レジ脇に貼ってある紙を見て、明後日が早番だと告げてきた。 「じゃあ、連絡する……君の携帯を教えて貰ってもいいかな?」 「はい、えーと」 携帯を取り出した青羽が画面を開く。 「……事件が起こらないことを祈っていてくれ」 冗談半分の言葉に、はい!と彼が満面の笑みを浮かべた。 「わ、咲きましたね」 「君のおかげだ。ありがとう」 鉢植えを見たいと青羽が言うから、食事に行く前に官舎に寄った。淡いピンクの花が小さく開いている。 「せっかく咲いたんだ。枯らしてしまわないよう、せいぜい気をつけないとな」 「……もしかして、奥さんの好きな花、とか?」 いきなり訊かれて思わず彼を見た。見つめてくる黒い大きな瞳をなぜか正視できずに、視線を逸らす。 彼女の好きな花だったのは本当だったけれど。そう聞かれるまで意識していなかったから。 この花を愛でていた彼女の横顔がもう遠くなっている事に、初めて気づく。 儚い笑み、細い白い指先……自分を呼んだ声さえも。
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