第2章

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ふっと顔を上げると、こちらを見つめている彼の視線と出合った。 真直ぐな眼差しなのに、そこに映る意味が読み取れないほど、深い瞳。 「……青羽くん?」 彼の長い指が伸びてきて俺の髪に触れるのを、どこか人ごとのような気持ちでただ見つめていた。 髪から落ちた指先が首筋に触れる。肌にぞくりと波が立った。 「……あお」 触れるか触れないかの指先が熱くて。干上がった気がする喉から、やっと声を出す。 「髪の毛がついてます……じっとして」 顔を寄せて囁かれて、思わず視線を落とした。 青羽の指先が触れている場所が、とくとくと脈動を早めた気がした。 自分の反応が理解できずに、内心で苦笑を零す。 馬鹿馬鹿しい――彼の行為には何の含みもないのに。目を上げてみれば、きっといつもの太陽のような笑顔で見つめているに違いないのに。 そう思って視線を上げた目の前には――笑みなど欠片もない、黒い瞳。 魅入られたように、その暗い淵を覗き込む。 その奥に何があるのか……それを見極める前に、ふっと彼の視線が逸らされた。 「取れましたよ、髪の毛」 上げられた明るい声に、はっと意識が現実に戻る。お腹空いちゃいましたねと言われて、慌てて立ち上がった。 青羽を連れて行ったのは、アジア料理がメインのお店。グルメとやらを自称している同僚に教えてもらった店だ。彼の気に入るといいんだが。 席に案内される途中で、青羽がひょいとカウンターの中の厨房を覗き込む。 「あ、美味そ」 思わず、と言った調子の声に笑みが零れた。 何を飲むと聞くと、ゴーヤ茶と彼が答えた。 「お茶でいいのか?」 「俺、バイクですもん……まさかお巡りさんの目の前で飲酒運転はできないでしょう」 言われて、彼がバイクで来ていたことに気づいた。飲むつもりでいた自分のうかつさに、ちょっとへこむ。 「じゃあ、こんどはバイクを置いて来るといい」 何気なく言った言葉に、彼が嬉しそうに反応して。次を誘ったことに気づきちょっと赤面した。 アルコールも飲まないのに、青羽はよく喋った。俺は大体が話は苦手な方だから、彼の話を聞いているほうが良かった。 大学を卒業してからはほとんどを海外で過ごしているらしい彼は、俺の行ったことのない国のことをいろいろと話してくれた。彼の笑顔につられて、俺もいつの間にか笑っていた。
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