第1章

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初めて彼を見たのは、東京に赴任してきた翌日だった。 官舎へ帰る途中に立ち寄った大型書店。 文庫本の棚を眺めていると、子供の泣く声が入り口を潜ってきた。 視線を廻らせれば、5、6歳くらいの女の子が若い女性に手を引かれている。書店のエプロンをつけたその女性が、女の子の前に屈んだ。 「お母さんとはぐれちゃったの?」 「えーと、お名前は?」 「苗字、言えるかな?」 女性店員の質問には泣きじゃくりが返ってくるだけ。 迷子かとそちらに歩きかけた時、若い男の店員が歩み寄ってきた。 「どしたの?迷子?」 彼の問いかけに女性店員が顔を上げる。 「店の外で泣いてたんですよ」 ふーんと泣いている女の子に視線を落としながら、男がレジ前の棚に並べてあるキャラクターもののぬいぐるみに手を伸ばした。掌ほどの大きさのそれを3つ掴むと、ビニールに包まれたままのぬいぐるみを、ぽんと宙に放り上げる。 ガサ、ガサと、大きな音を立てながら、男がぬいぐるみでお手玉をはじめた。 意表をつかれたのか、泣きじゃくっていた女の子の顔が上がり、その目が丸くなる。 「青羽さん、それ売り物……」 「まあ、ちょっとだけ」 女性店員の言葉を柔らかな笑みが遮った。 ガサ、と音が止まって。青羽と呼ばれた男が女の子の顔を覗き込んだ。 「泣いてると顔がブスになっちゃうよ」 途端に半べそがぴたりと止まったのは、幼児でもさすがは女というべきか。 「キレイに泣けるように特訓してからじゃないと、女の子は人前で泣いちゃためだな」 ぬいぐるみを棚に戻して、女の子の頭に手を置いた。 「名前教えてもらっていい?」 「……みかこ」 「みかこちゃん、おうちの電話番号分かる?」 こっくりと小さな頭が頷いた。 「じゃ、こっち来て。電話してみようか」 女の子の手を引いて男が奥へ入って行く。 手馴れてるなと思った。子供の扱いが、ではなく、女性の扱いが。 面白い男だな。 ……自分の唇が、ふと緩むのが分かった。
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