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数日後、東京には珍しく雪の降った日。 この間の書店に立ち寄った。
トレンチの襟を立てて、駐車場から入り口までの距離を小走りに駆 ける。
飛び込んだ自動ドアの直ぐ内側に人がいて、たたらを踏んだら濡れた床で足が滑った。
「――っ」
ぐい、と肘の辺りをつかまれて。転びそうになった身体を支えられる。
「すみません!大丈夫ですか?」
顔を上げれば、腕を掴んでいるのはこの間の男。
まじまじと見つめてくる黒い大きな瞳に、少し戸惑った。
「あ……えっと、床、拭いてて前を見ていませんでした。申し訳ありません」
「いえ、私のほうも不注意で……」
大丈夫ですか?と重ねて聞いてくるその胸には、『青羽』と書かれたネームプレート。
なんとも ありませんからと軽く頭を下げて、店内に入る。 背中に視線を感じてふと振り向くと、彼――青羽が、こちらを見送っていた。
その後何回か行くうちにこちらの顔を覚えたのか、彼は視線が合えば笑って会釈をしてくるようになった。不特定多数の客に向けられる業務用の笑顔ではないと思えたそれに、少し戸惑ったけれど不快ではなかった。
なんとなく意識しだすと、彼が子供と女性に人気があることが次第に分かってきた。
幾人かの女性客とは、かなり親密な雰囲気を感じて――そんなことをこっそりと観察している自分にも驚いた。
要領が良くて八方美人……どちらかというと苦手なタイプのはずなのに。
早く帰ってもどうせすることもないから、庁で仕事をしている時間の方が官舎で過ごす時間よりもずっと長かった。警察に入ってからはずっとそんな生活なので、別に苦とも感じない。
珍しく早く帰った時、部屋の隅に段ボール箱で積んだままの引越し荷物が目にとまった。
忙しい ときは気に留める暇もなかったが、こうして部屋で過ごす時間が出来てみると、いやでも気になってくる。
少しでも片付けるかと、ダンボールの蓋を開ける。
元々そんなに荷物は無いはずなのに、こうして箱に詰めると結構な量になるのが不思議だ。
あまり着ない私服を箱から出していると、間から何かがぱさりと落ちた。
薄い小さな袋……拾い上げて、心臓がとくりと打った。
――袋に描かれていたのは、彼女の好きだった花の絵。
紙を丁寧に折って作ったらしい袋。色鉛筆で描かれた淡い花の絵は、もう色褪せていた。
中を覗くと小さな種が入っていた。
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