第1章

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いつ渡されたものか、あるいは彼女の両親がくれたものだったのか、記憶はなかったけれど。 「……バーベナー、か」 彼女の手で書かれた文字を読む。 いつも彼女の枕元にあったこの花の名前さえ、自分は知らなか った。 種を蒔いてみようかと、思った。 「この本の取り寄せは出来ますか?」 次に彼と言葉を交わしたのは、その店に通うようになって――といっても週に1、2度程度の事だが――半年ぐらいたった頃。夜勤明けの足で書店に向かった。 書名と発行所を書いたメモを、彼に手渡す。 レジ脇のパソコンで検索をかけた彼が、在庫は切れていると答えた。 「出版元にはあるようですので、お取り寄せいたしますか?明後日には届くと思いますが」 「そうですね、お願いします」 「では、こちらにご連絡先をお願いできますか」 差し出された取り寄せ依頼票に、名前と住所を書き込む。ペンを動かす手元に彼の視線を感じて 、なんとなく落ち着かなかった。 「電話にあまり出られないかもしれません。その時はこちらから折り返しますので」 「あ、はい。分かりました」 ありがとうございました、とかけられた声に振り向けば、彼が満面の笑みで見送っているから。 思わずこちらも微笑んだ。 きっと誰にでも平等に向けられているのだろう、彼の笑顔。 それを独占している女性もいるんだろうな――と、なぜかそんな事をふと思った。 その2日後、空巣事件の現場検証を終えて夕方署に戻った時。携帯をチェックすると書店からの伝言が彼の声で入っていた。直接出られなかったのが少し残念に思えて……そんな風に感じる自分にちょっと戸惑う。 報告書を書き上げて時計を見ると、7時を少し過ぎたところ。溜まっている領収書の請求をしようかとレシートの束を手に取ったものの、また引き出しに戻した。 取り寄せを頼んでおいた本は、特に急ぎというわけではなかったけれど。 「お、今日は早いな」 スーツの上着を取り上げて立ち上がると、こちらは残業が決定らしい同僚が珍しそうに声をかけてくる。
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