第1章

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「デートか?」 「違う。ちょっと用だよ」 「……のわりには、なんか顔が緩んでるぞ」 軽くかわしたつもりが面白そうな顔で突っ込まれて、反射的に手が口元に上がった。同僚のにやにや笑いが大きくなる。 「え?図星か?」 「違うって……取り寄せの本が届いたから……」 嘘ではないし何も疚しいことなどないはずなのに、何故か意思に反して顔が熱くなってくる。 まあ頑張れよと訳知り顔に頷いてくる同僚に、お先と乱暴に言い捨てると部屋を出た。 からかわれてむっとしていた気持ちはしかし、車のハンドルを握る頃にはすっかり消えてしまっていた。 「いらっしゃいませ!」 書店にはいると、彼が真っ先に声をかけてきた。いつもの明るい笑みに、こちらもつられる。 「メッセージをありがとうございました。ちょうど車の運転中だったもので……」 なんとなく言い訳がましくなって言葉が途切れる。いいえ、と彼がくったくなく笑った。 本を受け取りかけて。この間鉢に蒔いた花のことを、ふと思い出した。そう言えばどうも上手く育たない。園芸の本でも買ってみようかと思いつく。 「他に見てきたいものがあるので、ちょっと預かっておいてください」言い置いて、普段は行ったこともない園芸関係の書棚の前に立った。 「…………」 量の多さにくらりとした頭を立て直して、背表紙をつらつらと眺める。はっきり言って何がなにやら分からない。とりあえず初心者向きと思われる一冊を手に取った。 「これを一緒にお願いします」 カウンターに差し出すと、彼がちょっと目を見張った。 園芸の本なんか買ったことがなかったからだろうかと、ちらりと思って。いやしかし毎日大勢の客が来るこの店で、一人一人が買った本なんていちいち覚えているわけがないと打ち消した。 ……それとも覚えているものなのだろうか。 仕事だから、そういうものかもしれない。自分だって事件関連ならば、時間が経っても結構細かい事まで思い出せる。 ――でなければ、個人的に覚えていてくれているとか。 そんな自分に都合のいい考えが浮かんで――ちょっと待てと思う。 ……何が『都合がいい』んだ? 「…………」 自分に聞き返したが答えは返ってこなかったので。眉間に皺が寄るのを感じながら、車のエンジンをかけた。
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