第1章

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帰ってから園芸書を開いてみたものの、はっきり言ってよく分からない。 分かったのは、とりあえず種に春蒔きとか秋蒔きがあることぐらいだ。この種はどれにあたるんだろう? 花の名前で探そうと索引を繰ってみて、買ってきたのが家庭菜園の本だった事に気づいた。 それからしばらくは、ひっきりなしに起こる事件に忙殺されていた。 強盗に殺人。凶悪犯罪が後を絶たない大都市。時々、自分達のやっている事が空しくならないでもない。賽の河原の石積みのようだ。 それでも事件がひとつ片付けば、それなりに達成感はある。 手がけていた事件の容疑者を送検して、一息ついた帰り道。夜も10時を過ぎてライトアップされた書店の看板を見た時に、いっこうに育たない鉢植えのことを思い出した。 今度はきちんと中身を確認して、花が載っている本を選ぶ。 カウンターには彼が居た。 「……ガーデニングとか、お好きなんですか?」 不意に聞かれて目を上げた。 「え……いや、そういうわけでは、ないんですけど」 どうやら俺が買った本は覚えているらしいと気づいて、少し動揺した。 仕事上のことだから?――それとも……? ちょっと、と言葉を濁して、カウンターから離れる。 なぜか彼の前では平静でいられない自分が、確かに居て。でもそれがどうしてかは分からなかった。 やはり苦手なタイプだからだろうかとも思う。 なんとなくもやもやとした気持ちを抱えたまま駐車場まで戻った時、携帯が鳴った。 『多紀!強盗傷害事件だ。今どこに居る?』 その言葉に、一瞬で現実に戻る。 「麹町です」 『近くだ――ちょっと待て』 電話の向こうで言い交わす声。 『今また緊急通報があった。栄華堂という本屋だ。場所は』 「目の前です!」 『え?おい!』 携帯を切ると、駐車場を駆け戻った。自動ドアが開いた店内から悲鳴と怒号が溢れ出た。
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