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「私、寿命、あと一週間なんだって」
フェンスに寄りかかっている幼馴染、天河嶺は何気ない風に言った。
「そっか」
俺は別段驚くことなく、かといって必要以上に醒めた風でもなく応えた。フェンスの上に腕を組み、爽やかな夏空の下に横たわる街を眺めながら、に。
そんな俺の態度に嶺は、不服そうに唇を尖らせた。
「なにそれ。反応うっすいね」
「まあ、死に対して無感情になったっていうか」
「無頓着になった?」
「まあ、そんなところかな」
ちらりと嶺の顔を盗み見る。相変わらず不服そうだ。
「ていうか、生まれた時からお互いの寿命なんか知ってるだろ」
「へえ、今日人は生まれた時から物心ついてたんだね」
「揚げ足とるな」
「ふふん」
古臭い銀縁メガネの奥で底意地の悪い瞳がのぞく。
そんなんだからモテないんだ…。そう言ったのはいつだったか。ついでにドロップキックがお返しにきたことを思い出す。
「享年17歳、か」
「正確には17年と128日8時間28秒、だよ。全く運命っていうのは楽しいことばかりじゃないね」
「笑えねーよ」
嶺はくつくつ笑いながら何か呟いた。しかし、沸き起こる蝉の鳴き声に妨げられて聞こえなかった。
「だから、こんな所でぼんやりしてる暇はないんだよ」
「ここに来たいっつったのはお前だろうがよ」
「そうだっけ?」
漫画に出てきそうなほど見事なトボけた表情。胸の内に渦巻き始めていたどす黒い怒りの渦さえ吹き飛んでしまった。
「……次はどこに行きたいんだ」
「さすが、風人。分かってるじゃん」
太陽のような笑み。こいつ、本当に寿命一週間なのか?
「山の上の喫茶店に行きたい!ホットケーキ!」
「……マジかよ」
この山の上に嶺のお気に入りの喫茶店がある。だが、そこまであと250mほど坂を登らなければならない。
「さあ早く」
すでに嶺は俺の自転車の後ろに座っていた。
「俺にも奢れ。割に合わん」
「財布持ってくるの忘れた」
「ふざけんな」
「余命7日の可憐な少女にホットケーキを奢るくらい」
「くそったれが」
俺は渋々自転車に跨る。汗に濡れた制服がひっついて気持ち悪い。まあ、こいつは汗なんか気にするような玉ではないが。
「そこでさりげなく腰に手を回すとかすれば可愛げあるんだけどな…」
「?何?」
「なんでもねえよっ…と」
地面を蹴る。熱せられたアスファルトが歪んでいた。
まだ夏は始まったばかりだった。
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