はじまりはある客人の訪問

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   だが、いっそあの時…… 嫌、嫌、あの紳士の申し出には、どこか嫌な雰囲気があった。あんな不気味な連中に可愛い娘を差し出すくらいなら、閻魔様に商売道具でもあるこの舌を、抜かれた方がまだましだろう。  何故か聡一はそんな奇妙な記憶を思い返し、苦笑した。  とりあえず、今は華子の興味が少しでも他に向くよう、この幽霊騒動に賭けてみようと思い立った。 「こちらに滞在中のお世話は勿論、お礼の方も用意しております。ですから、どうか、どうかこの通り」  深々と頭を下げる朔太郎に、聡一は勿体ぶった調子で返事をした。 「……そうですか。そこまで熱心におっしゃるなら、わかりました。そんなにお困りのようでしたら、お引き受けしましょう。しかし、私は次の公演の準備がございます。代わりに私の右腕ともいえる、娘の華子を行かせてもよろしいでしょうか?」 「お嬢さんをですか? 本来ならば貴方様に足を運んでいただきたかったのですが……なんせ急な申し出でしたから、そればかりは仕方がありませんな。それに天才と誉れ高い奇術師・鶴天斎聡一のご令嬢ならば、さぞかし心強い方でしょう。是非ともお願い申し上げます」 「こちらこそ、よろしくお願いいたします」  ――これにて、無事商談成立。   つい緩みそうになる頬に力を入れて、聡一は朔太郎を見送った。
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