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ここ横浜では珍しい西洋文化が、当たり前のように入り込んでいる 。かつて上海に住んでいた頃に飲食した、懐かしい味も食卓に出てくるかもしれない……
生唾をごくりと飲み込んで、華子は渋々了承するような素振りを決め込んだ。
「そ、そんなにお父様が頼むのでしたら……わかりましたわ。それでは、仕方がありませんものね」
予想が的中し、聡一は思わずニヤリとした。
「それなら、この話は決まりね。早速、荷支度をしないといけないわね、華ちゃん」
華子が物心ついた頃からそばにいる、母親代わりの志乃が声をかけた。家族同然に暮らしてきた志乃とは、今まで一時も離れていたことがない。
しかし、今回の幽霊騒動には、華子一人で出向くようだ。
「ねぇ、お父様。志乃さんも一緒に行っても構わないかしら?」
「いや、志乃はその……」
聡一が困ったように口ごもる。いくらうら若き乙女の華子でも、父親と志乃の関係を当の昔に気付いていた。
二人はどこに行くにも一緒で、夫婦同然のように暮らしているのだ。
「あっ、今の発言は訂正させていただくわ。お父様、気にしないでくださいな。一人では少し心細かっただけですもの。それよりも、浅草にある文明座の公演まで空き日があるのなら、その間に二人で 富岡八幡宮の辺りまで足を伸ばしてみたらどうかしら? いくら準備に手間かかかると言っても、そのくらいの時間はあるでしょう? きっと今の時期なら紅葉が見事でしょうねぇ」
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