序章

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 聡一よりも見事な術を披露する奇術師は沢山いたが、何故か彼ほど人気を博すまでには至らなかった。それはひとえに、聡一の自己演出力の賜物なのかもしれない。  手妻と西洋奇術を上手に掛け合わせ、当時ではまだ珍しい電気を取り入れ進化させた聡一一座の公演は、連日連夜満員御礼で多くの観客が足を運んでいたのである。  そして、その聡一一座に花を添えたのは、まだ八つになったばかりの彼の一人娘、 牧村華子だった。   ジョゼフの娘で聡一の妻エイミー(*アメリアの愛称)の忘れ形見でもある華子の可憐な姿は誰もの目を引いた。愛くるしい笑みを浮かべ、奇術の道具を父親に手渡す。ただそれだけで、観客達を魅了し拍手喝采を買っていたのだ。  その場にいるだけで人々の心を虜にする華子の魅力に、父親である聡一は大きな期待を寄せていた。いや、期待というより野望といっても過言ではないだろう。  華子に自分の持っている全ての術を教え込み、将来はこの聡一一座を継ぐ立派な奇術師に育て上げてみせる。  そして、ゆくゆくは上海のみならず、亜米利加や英吉利へと渡り、本場に劣らぬ西洋奇術の腕前を披露してみたい。  かくして、父親である鶴天斎聡一の大いなる目標を叶えるため、牧村華子の人生は奇術一色に染まっていくのであった。
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