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それから時は流れ、明治三十年――
今では天才として日本全国に名の知れた奇術師・鶴天斎聡一が、一座を引き連れ各地で公演をおこない成功をおさめていた。
「空中浮遊」や「柱抜き」に「「胴切り術」など、大仕掛けの奇術が大いに受けた。
特に美しく成長した華子が十字架に張り付けられ、何本もの槍で串刺にされる「耶蘇服(《やそふく》:キリスト教徒が着るような洋服)を着た少女の磔の術」は、毎回観客の拍手喝さいを浴びていた。
しかし、当の華子は自分が奇術を披露できないことに不満を抱いていた。今頃は父の聡一や兄弟子たちに交じり、華麗な水芸を披露し観客を魅了しているはずだった。それなのに……
己の不甲斐なさで、未だその日を迎えることができないままだ。
「華ちゃん、また早い! あら、雨かしら? そう言ってから傘を開くんだよ。良いかい? それが合言葉だって、何度言ったらわかるってくれるのかなぁ」
同い年だが兄弟子に当たる聡吉が、哀れな声を上げ何度も繰り返し説明する。
「うぅん、もうぉ! そんなこと、わかっているわよ。わかっているけれど、その一拍が私には待てないの。それに、これはパラソルなのよ。つ まり日傘で、雨傘ではないのよ。
だから、雨が降り出す前に開いたって構わないはずよ」
しかし、当の華子は聞く耳を持たず、自分勝手な解釈を述べている。
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