1.なるほど、私は死んだわけだ

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 私は二度とあの1LDKには帰らないと決め、クリスマスに浮かれる町へと繰り出した。   ネオンきらめく歌舞伎町界隈を着の身着のままでふらつき、途中、身を堕とそうかとも思ったが、私の最低限のプライドがそれを押しとどめた。  私はもう男に身をささげることなど金輪際したくなかったわけだ。  しかし丸一夜さまよいあるき、へとへとになり、結局帰りついたのは並木秀のアパートの前だったのだから情けない。  凍りつくような寒さの中、私は彼の部屋の前で座り込んだ。彼のアパートの廊下からは昇ってくる真冬の太陽が見えた。  その時、階段を上がってくる音がして、ニット帽を深く被った男が現れた。 「おお、さみー」  と彼はもともと口を覆っていたマフラーをさらにあげ手袋をはめた手をこすった。そして少し遅れて私に気付くと 「あれ、お姉さん、何してんのそんなとこで」  もごもごと言った。私は半分死んでいたので何も答えなかった。 「死んじゃうよ、そんなとこで寝ちゃ。今日はこの冬一番の冷え込みなんだから」  そう言って彼は階段を上がって行ったかと思うと、数分後、プラスチック製のカップを持ってまたあらわれた。 「ほら、これ飲んで」  そう言って私にカップを手渡す。 カップには何やら透明な液体が入っていた。 「ほんとは家にあげたいとこなんだけど、最近は物騒だからあんまり他人を家にあげなようにしてるんだ。特に女の子はね。そんじゃ、メリークリスマス」  そう言って彼は私に背を向け、廊下の奥に姿を消した。  感覚も何もなくなっていた私は味もにおいもわからぬままカップの飲みものを一息に飲みほした。するとなんだか暖かいような感じになって、ほっとしたと同時にそのまますうっと意識を失った。  ふと目を覚ますと、私は昔住んでいたアパートの前に座り込んでいた。  東京ではない。私が生まれ育った春日部のあのぼろアパートの部屋の前である。  私はかつてこのアパートを追い出された。  ただ、表札にはまだ私の苗字である「桜井」の文字があり、と言うことはまだ次のテナントが決まっていない空き部屋であるに違いないので、私はためらわずドアノブを回した。  寒さをしのぐため、背に腹は代えられまい。
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