『宝島』

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 酒蔵に近寄ってみたが、売っている気配はなかった。奥に進んでみると、人影があった。声を掛けようとすると、上の樽が落ちてくるのが見えた。 「危ない!」  咄嗟に樽を蹴とばしたが、避けられたかは分からない。人の姿を捜してみると、若い女性が転んでいた。 「助かりました」  樽に轢かれてはいなかったらしい。 「どうした!」  奥から女性の父親らしき人が走ってきた。 「樽が落ちてきてしまって、この人に助けて貰いました」  俺をつま先から頭まで見ていた。どうして俺がここにいるのか疑問であるのだろう。 「そこの旅館の宿泊客です」  これでは酒は売っていないなと、旅館に戻ろうとすると腕を掴まれていた。 「ありがとう助かった」  笑うと、気のいい爺さんにも見えた。 「あの、酒は売っていませんか?」  売ってはいないがと、奥から瓶を持ってきた。 「もしかしてこれ、二升瓶ですか?」  博物館では見た事があるが、二升の瓶に酒が入っていた。 「そう。古い瓶だな。自宅用の酒だけど、持ってゆくか」  助けただけで貰えないと言うと、奥から古い写真を持ってきた。 「二升瓶でラッパ飲みした若造がいてな、その時の写真だ」  俺にそっくりな青年が、笑って写真の中にいた。 「多分、祖父のようです」  正確には曾祖父になる。会ったことはないが、俺にそっくりだと言われている。 「そうか、そっくりだ。俺もガキの頃だったけどね。時折、そこの旅館に来ていたらしいよ」  あれこれ武勇伝があり、ここでも有名だったらしい。  他に一升瓶でワインも貰ってしまった。俺の姿が嬉しくて仕方がないらしい。  旅館に戻ると、廊下を佳親が走って行った。せっかくの連休も、島で遭難して終わろうとしていた。最後の日くらいは、家でのんびりと過ごしたい。できれば今からでも家に戻りたかった。  部屋に瓶を置くと、ベランダで相澤の情報を読んでいた。やはり、自殺の死体はそう長く放置されたものではなかった。捜索願いが出たのは一か月程前であった。  岩崎 東タ(いわさき とうた)二十八歳、学生で起業してそれなりのセレブであった。マンションをビルごと持っていて、そこに彼女と暮らしていた。捜索願いを出したのは、同棲していた彼女であった。入籍はしていなので、東タが死んだと聞いて一番ショックを受けていたという。
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