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「それで、弘武は佳親さんを父さんと認めたのか?」
「DNA的には親子だけど、今更、兄弟から変更できないよ」
佳親の母親、俺の産みの母親は、息子のために代理出産をしてしまった。戸籍上は、俺と佳親は兄弟なのだが、本当は親子なのだ。
「季子さんはどうする?あっちは、もう季子さんの両親が、孫ができたって喜んでいるのだろ」
「それだよ。季子さん妹がいるのだけど、そっちも子供ができなくてさ治療中。そこで、孫ができないと諦めていたものだからさ」
すごく喜んでしまっているのだ。
「俺、倉庫に住んでいるだろ。離れを建てるから季子さんの実家に来いだよ」
藤原が笑って聞いていた。
「で、弘武は季子さんを母親と思えそうなのか?」
俺は素直に首を振った。やはり、産んでくれた母が、唯一の母なのだ。
「無理だよ。季子さんは季子さんで、母親とは思えない」
藤原は俺の言葉を否定せずに、見守っていた。母親とは思えないなど、家では絶対に言えないセリフであった。
「弘武、今、決めなくてもいいから。じっくりと二人と付き合えばいいよ。弘武は久芳家に来て三年だからさ」
暴風雨の中でするような会話でもない。雨は強く、風も増した。でも、岩の影になっているので、ここは比較的マシであった。
「腹減ったな……」
藤原が、ポケットから飴玉を出してくれた。
「一個なのか?」
「そうだけど、印貢が食べて。俺がキスするから」
どういう論理であるのか。でも、藤原が飴玉を俺の口の中に入れた。
「で、キス」
甘いキスになっていた。飴玉を藤原は舌で奪い、又、俺の口の中に戻ってきた。
「甘いね。弘武は本当に、こんな状況でもかっこいいよね。目がキラキラ金色で、希望に見える」
そんな事はない。俺は藤原が希望であった。
「俺は、藤原がかっこいいよ。ずっと、俺を励ましていて、落ち着いている」
「まあ、俺、弘武の前では一番のいい男でいたいからね。やせ我慢」
そこで俺が吹き出すと、藤原も笑っていた。
「さてと、そろそろ大声を出しますか」
雨の合間に、征響の名前を呼んでみた。返事はないが、呼び続けてみる。
時計を見ると、九時三十分を過ぎた、台風の目に入った頃であろうか。
「弘武!」
やっと、征響の声が聞こえた。
「視界が悪くて、皆をまとめて動かないでおいた」
それが正しい。今は台風の目で穏やかになったが、今度は逆風で来るだろう。
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