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その日、シェリーは夜も明け切らぬうちに目を覚ました。窓の隙間からは、ぼんやりと月明かりが差し込んでいる。ゆっくりと半身を起こすと、ベッドが僅かに軋む音がやけに大きく響いた。他に音がないのでなおさらだ。
シェリーは手早く着替えを済ませ、鞄に必要な荷物を詰めると、音を立てないよう、静かに部屋を出た。一人、忍び足で廊下を歩いていく。途中、通り抜けた応接間の隅に積まれていた座布団をひっくり返してしまったので、慌てて積み直したが、幸い、誰も起こすことはなかった。シェリーはほっと息をつき、改めて家を出る。
「シェリー様、おはようございます」
正面玄関の脇には、軽装の鎧に身を包んだ門番が一人いた。鎧姿の背中では、純白の羽が緩やかに動いている。シェリーは、着ていた質素なドレスの裾を両手でつまんで会釈する。彼女の背にもまた、門番と同じような羽が生えていた。
「おはようございます、オズボーンさん。いえ、まだ『こんばんは』かしら。こんな時間までご苦労様です」
「いえいえ、姫様こそお疲れ様です。本日も、小夜の塔まで観測に向かわれるのでしょう?」
「ええ。大事な任務ですからね。オズボーンさん、天界周辺は、今宵も変わりありませんか?」
「おかげさまで、ネズミ一匹通りませんよ。天候も穏やかだし、いい日和になりそうです」
良かったです、とシェリーの表情が綻ぶ。腰まである長い茶髪は、今は後ろでひとつにまとめてある。そのひとつを緩く三つ編みにし、毛先をリボンで束ねていた。
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