プロローグ

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 ところで、『小夜の塔』というのは、この天空世界の姫たるシェリーの自宅から、すぐ東側に位置する小さな塔を指す。最上階はドーム型になっていて、よく見ると、片側は一面がガラス張りになっている。これは、先ほどオズボーンが口にした『観測』を行うための仕様だ。内部には望遠鏡もついている。  そういうところに、シェリーは朝早くから、足繁く通っていた。観測というと、さながら天体観測か何かのようだが、そうではない。天使たちが暮らす天空世界と隣り合って存在する、虚空世界の様子を確認する作業のことで、これを毎日行うことが、天界の王族たるシェリーたちの役目であった。 「それでは、シェリー様、お気をつけて」  オズボーンが、その場でシェリーに向かって敬礼してきたので、シェリーもまた会釈して返す。そうして、一人そそくさと東の塔に向かった。月明かりが彼女を照らし、背後に細い影を作る。  途中からは走るのがもどかしくなり、背中の羽を使って低い位置を飛ぶことにした。羽自体に優れた飛行能力があるわけではないので、飛べてもこれが限界だ。一気に塔の頂上まで飛ぼうものなら、疲弊しきって観測どころではなくなってしまう。 (……あの人がいれば、空から連れて行ってくださるのですけど)  ただ、シェリーがとっさに思い浮かべた『あの人』も、今は天界にはいない。シェリーは諦めて、塔を外側からぐるりと取り囲む階段を、下からゆっくり登っていく。
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