プロローグ

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 虚空世界――虚界という場所は、死んだ者の魂が集う世界である。生前の記憶を抜き取られた魂たちが、また次の人物に生まれ変わるまでの間を過ごすための場所だ。とはいえ、実のところ、虚界も生きた人の世界とさほど様子は変わらない。露店はいつも人で賑わっているし、街道の脇で井戸端会議に勤しむ母親たちもいるし、そこら中を駆け回る子どもたちもいる。彼らが死んでいるだなんて、言われなければにわかには信じがたいほどだ。  ただ、魂たちの中には、まれに、記憶の処理がうまくされない者たちがいる。そういった者たちは、虚界の空気にうまく馴染めず、暴走を起こしてしまうことがあった。暴走というのがどういうものかは、起きてみないと分からないが、過去には、シェリーの両親が、虚界から人間界に飛ばされたことがある。結果、シェリーの父は、人間界に叩き付けられ、命を落とした。  そういう事件を防ぐために、シェリーたちがこうして『観測』を行っている。暴走の兆候があれば、直接現地に出向いて、魂を鎮める儀式も行う。  死者の想いに触れるのは、けして楽な仕事ではない。彼らはときに――記憶をなくしていたとしても――まだ生きたいとしがみついてくることもあるのだ。シェリーも幼少の時分は、死者と触れ合うことを運命付けられた己の境遇を何度も呪った。  けれども、彼らと話をしていると、彼らが生前に抱えていた苦しみが癒えていく瞬間がある。そういう魂たちは、生まれ変わったあと、確実に幸せな人生を歩むことが出来ると聞いたこともある。その手伝いが出来るなら、自分の運命も悪くはないと、シェリーはいつしか思うようになっていた。
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