156人が本棚に入れています
本棚に追加
その言葉に背筋が凍りついた。大河たちがNISEMONOについて話し合ったあの場所には死体があったということだろうか。そんな腐敗臭はしなかったし、血痕ひとつ残っていなかった。
「つまるところ、誰かになりきるためには、それだけ細部を見てメイクしなければなりません。だから、頭部だけは他の体とはべつに持ってくる必要があった。そういう場所があそこだったというわけです。ただ、黒沢美咲は気づいていたのではないかなと思います。もちろん、根拠なんてありません。全て、私の想像の話です。彼女は私の家に入るなり、頭部が置かれていた部屋にいこうとしていましたから。流石に止めて使っていない部屋に誘導しましたが、どうもその後の行動も不可解でしたし……」
美香はそこまで言い切ってから、思いっきり息を吸ってから吐いた。
彼女の呼気が大河の右頬を襲い、思わず顔をしかめる。その拍子に大河の手を払い、美香はこう言った。
「いい加減離してもらっていいですか。私を今どうしたって、結果は同じです。ただ、ここで、もし私に危害を加えることがあるのなら、あなたも私と同じ道をたどることになりますよ」
その言葉に大河は美香と距離をとった。
一筋の汗が大河の額を流れる。屋上の空気はひんやりとしているのに、体から発せられる熱が邪魔をする。
大河は一つ息を吐く。
NISEMONOのからくりを紐解いてしまえば、この程度のものなのだと呆れる。特殊メイクが上手な母親と絶対音感をもった子ども。使い方によっては、全く正反対の結果を生み出すかもしれない才能は犯罪者という最悪な方向へと導かれた。
美香はゆっくりと腕を上げて、ある方向を指さした。
「わかるでしょ。あの赤いランプがあんなにも止まっている。もうこれで終わり。実際のところ、これほどこんな状況が続くとは思わなかった。すぐに終わってくれるだろうと思っていた。けれども、まあ、母親の言うとおり、人間はおかしい生物なのかもしれないですね。目の前の不安や恐怖の中に閉じ込められ、声も出せずに状況をただただ傍観している。愚かなものですよね」
美香は遠くを見つめそう言った。
大河の方を見ずに、美香は言葉を続ける。
最初のコメントを投稿しよう!