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「そうだ、黒沢美咲はあなたのことを相当好きだったようでした。だって、自分が殺されると分かっているのに自分のことなんかよりも、あなたのことを心配していたのだから。人の好意って時には冷たい残酷さを残すものですよ。本当に哀れなほどに」  美香の声は無色透明だった。これから何色にでも染まりそうな綺麗な声。ナイフは使い方次第だ。その言葉はまさに彼女を言い表している。  ここ数日、騒がせていたNISEMONOは姿かたちを変え、佐竹美香というある一人の少女になっていた。  大河は震える体を必死に抑えて、美香に尋ねた。 「あなたがNISEMONOとして、僕と会ったのは木村綾子、学校前の交差点、加賀萌絵、そして黒沢美咲……全て覚えてますか?」  感情を押し殺した声はフラットに飛んだ。だいぶ正気を取り戻していた大河だったが、美香の次の言葉を聞いて、再び我を失った。 「もちろん、覚えていますよ。ただ、一つ学校前の交差点を除いては。私がNISEMONOとしてあなたと会ったのは今を合わせて三回ですよ」  美香は怪訝そうな表情を浮かべていた。今更、嘘をつく必要もない。だったら、どういうことだろうか。  つまり、大河は美香があの日休んでいたことと、フードを深々と被ったやつに陸斗と一緒に追いかけられたという事実を重ねて、あれも美香の仕業だと思っていたのだ。  しかし、そうではないとなるとあれは誰だったのだろうか。 「おそらく、あなたは人とは違う世界を見ていたのかもしれません。だって、私の見ている世界が必ずしも周りのみんなと同じである保証がないように、あなたもみんなとは違う世界を見ていた……」  大河の横をすり抜け、風に誘われるように彼女は歩む。ただ、その姿をどこか見ていられず、大河は背を向けた。  ――さようなら。  一瞬のことだった。大河がその言葉を耳にして、後ろを振り返ったとき、美香の姿はもう屋上になかった。その情報を整理する前に、生々しいぐしゃりという不快な音が耳に届く。  美咲もこういう感覚だったのかもしれない。六田奏子が自殺するときも今みたいに一瞬の隙をつき、この世から消えたのかもしれない。 大河は全身の力が抜け、前方へと倒れていった。 ◆  今朝のニュースはNISEMONO捕まるという一面が何度も繰り返された。チャンネルをどのボタンに合わせても同じ内容をやっていた。
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