正直者

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 そうかもしれない。子供の頃、親に言われたことを素直に聞き、それを今でも守っている。今更、その生き方を変えることはできなかった。  正直者の私はすぐに、次の仕事は見つかると思った。だが、世間は厳しく、一度でも情報を漏洩したというレッテルが貼られてしまうと、どこまでも付きまとい私を雇おうと思う会社はなかった。どこも、同じことをされるのではないかと警戒していた。  仕事が見つからない私は毎日のように職安と自宅の往復を繰り返す。 「よ!元気にしているか?」  街中で声をかけてきたのは、私が漏らした情報を自分の会社に持って行った親友だった。私は会社をやめさせられたことを話した。 「悪いことしたな。まさか、会社を辞めさせられるとは」 「私は正直者だから、会社に辞めるよう言われたら大人しく従うまで。抵抗はしない」 「学生時代のままだな」  親友にはめられたようなものだが、私は特に彼のことを恨んでなどはいなかった。正直に生きると心がけたのは自分であり、ミスしたのも自分。その責任を親友に全て押しつけようとは思わない。 「会社を辞めさせられたから、今は職安通いだ」 「そうか。だったら、うちの方で働かないか」 「君の勤めている会社で?冗談はよしてくれよ。正直に話すから、どこの会社も雇ってはくれない。君の会社にいっても同じことだろう」 「いや、案外そうでもない。実をいうと、私が勤めている会社は表向きは君が勤めていたところに似ている事業を展開しているけど、本来の仕事は産業スパイなんだ」 「なんだって!」  通りで親友の話の聞き方が自然なはずだ。それと同時に産業スパイと聞かされ驚きを顕わにする。 「だから、うちの会社は表向きの事業はともかく、裏の事業になると何も知らないのが実態なんだ。その場、その場で必要最小限の情報しか与えられない。だから、例え捕まったとしても情報が漏れることもない」
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