正直者

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「なるほど」  最小限の情報しか与えられないのならば、スパイ活動というのも悪くないかもしれない。正直に話したとしても、決して親友の会社に影響することはない。  スパイなど泥棒のような仕事は真っ当とはいえないかもしれないが、会社をクビになった手前、あれこれ考えてはいられない。  私はスパイの仕事につくことにした。  仕事は前の会社に比べると上々だった。どこかの会社に忍びこんだり、社員を懐柔しては情報を集める。それを上司と思われる人物に報告する。表向きの会社の事業を発展させたり、他の会社に情報を売りつけることもある。  しかし、毎回上手いこと事が運ぶというわけもなく、私はヘマをして捕まってしまった。 「お前の属して組織のことを全部、話せ」  そう言われれば話すしかない。嘘などついても、一文の徳にもならないから。それに、スパイとしっても私のような末端の者が持っている情報など意味をなさない。素人は我が身を守ろうと、元からありもしない情報に嘘の肉付けをして相手に伝える。それが、帰って自分の身を危険に晒してしまうかもしれないというのに。私は知っていること以外は話せない。 「なるほど、だいたい分かった。よし、こいつは用済みだ。殺しておけ」  なんということか。正直に話したというのに始末されてしまうとは。しかし、それも仕方ないのこと。スパイの世界はそれだけ厳しいのだから。  呆気ない幕切れだった。もっと生きたかったが、これが私の人生だったのだろう。運命だと思い受け入れるしかない。それに、悪いことばかりではない。私が唯一、人に自慢できることがある。それは、もちろん、死ぬ間際まで正直者として生きられたことか。何もかも包み隠さずに正直に言い続けた。スパイという犯罪に手を染めはしたが、何一つ不正なことをしなかった。きっと、私は天国にいけることだろう。だから、私は安心して死ぬことができた。
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