第1章

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勿論そのつもりです。 でもちょっとずつ君に近付いている気がするんです、もう少し試させて下さいよ。 ん、もう次ですか。 いいですよ、次の話はどれにしようかな。 一体いつ頃からそうしていたのだろう。 気が付いた時には月の青白く淡い明かりの差すアパートの自室に立っていた。 手前にロフトスペースへ上がる梯子が架けてあり、クリーム色の壁紙は暗く、青みがかって見えた。 ベランダとを隔てる大きな磨りガラスの窓には外からのぼんやりした光を受けた屋外の樹木が映り、葉の影絵を小さく波打たせている。 微かに聞こえていた葉の擦れ合う音が消えると細い糸のような耳鳴りだけが残った。 静かな夜だ。 記憶がすっかり抜け落ちてしまっている。 何かを見ていた訳でも何かを考えて訳でもない様だ。 視点を窓ガラスから部屋の隅へ遣ると、僅かな月明かりさえも避ける様にして窮屈な部屋の暗がりに、あの女が居た。 長い前髪と俯き気味の姿勢の所為もあって顔は見えなかったが、この女が誰なのかは直ぐに分かった。 上村美樹。 あの日と同じ服で壁を背にして立って居る。 突然、窓際に置いている鳥籠から音がした。 喧しいという程の音では無いが金属質の耳触りな音だ。 また、あの鳥が尖った嘴や鉤爪で金網を引っ掻いているのだろう。 暑い。頭が怠い 寝室として使っているロフトスペースは蒸し暑く狭かった。 寝返りを打ちながら膝で掛け布団を巻き込んで捲る。体中が汗塗れで気持ちが悪くて仕方ない。 濁るような頭の怠さは取れないが布団の熱が逃げて幾らか楽になった。 今、何時だろう。 いつの頃からか目が覚めると時間を確認する癖が身に付いてしまっていた。右手で枕元の携帯電話を探り当て液晶画面に光を入れると朝の5時を過ぎている事が分かった。 壁側に追いやられていた枕を引き寄せ頭を預けたがどうにも首の座りが良くない。 仕事が休みの土曜日なのにも拘わらず、中途半端な時間に汗だくになって目が覚める。 おまけに質の悪い枕の所為で首が疲れて寝た気がしない。 せっかくの休日の朝が台無しだ。頭の下から枕を引き抜いて足元へ投げ、その後、気が滅入ってしまった。今日の午前中の予定と、ある人物の名前を同時に思い出してしまったからだ。 人物の名前は仁科誠一。刑事だ。 午前中の予定とは、部屋を訪ねて来るその仁科刑事と話をする事。 警察は、嫌いだ。
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