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蝉の声が聞こえない――
埼玉から北海道に引っ越してきて、初めての夏。
白っぽい石段を駆け上がっていて、ふと足をとめる。見上げると、空が青い。りんにおおいかぶさるように広がる空へ手をさし伸べたが、つかめそうでつかめなかった。
――りん!
「えっ?」
りんはふり返った。
名前を呼ぶ声が聞こえたのに――そこには誰もいない。
その代わりにりんが大好きな景色が広がっていた。
石段の下から坂はゆるやかに海へと広がる。 りんが登ってきた坂は、黄色いマリーゴールドや赤いサルビアに彩られている。
円を描く海岸線。
青い海を抱くように家々が軒を連ね、夏の日差しを浴びた屋根から煙突が突き出ている。
物語のようだ。
ここからの眺めがりんを物語の主人公になったような気分にさせてくれる。
「あっ!」
りんは我に返った。
時間がないんだっけ。
今日はおばあさんが午前中仕事だから、りんがお昼ご飯を作ってあげる約束をしたのだ。
石段を駆け上がったりんを迎えてくれたのは、荘厳な社殿をかまえる綿津見神宮。境内には白い玉砂利が敷かれていて、日差しを照り返すから眩しかった。
りんは幼馴染の梨花のことを神様にお祈りした。梨花は中学生の時テニス部のエースだったが、練習のしすぎで肘を痛め、せっかくテニス部が強い高校に進学したのに入部すらできない状態だった。
ずっとそばにいたりんは、梨花がテニスをすごく好きなことを知っている。だからまたテニスができるように神様にお願いしにきたのだ。
りんは社務所に寄った。健康にご利益があるお守りを探していた時のこと。
「真剣にお祈りしてたみたいだけどもしかして恋愛成就?」
「は、はあ?!」
社務所の人に話しかけられるとは思わなかったので、りんは戸惑った。しか
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