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も質問の内容が……
宮司さんのような衣装を着ているけど若い男の人だから、きっとバイトにちがいない。平日の午前中だから閑散としていて暇を持てあましているのだ。だからっていきなり恋愛成就のお祈りをしてたかだって?
「違います。健康にご利益があるお守りをください」
りんのムッとした様子を、その人は面白そうに見上げる。
「何色? 緑?」
「ピンクで。友達は女子なので」
ふーんと言いながらもピンクのお守りを神宮の紋がプリントされている袋に入れてくれた。
「友達、具合悪いの?」
りんはうなずく。
「テニスが好きすぎて練習しすぎて肘を壊しちゃったんです。テニスが大好きなのを知っているから早く治ってまたテニスをしてほしいんです」
ここまで一気に言ったら、売り子のお兄さんはちょっと驚いたようだ。
「仲がいいんだね……」
「ずっと一緒でしたから」
「過去形なんだ。今は?」
「……私がこっちに引っ越しちゃったから……」
黙ったまま、売り子のお兄さんはお守りをりんに渡す。
受け取ったりんの目に社務所の時計が飛び込んできた。ちょうどお兄さんの頭上のあたりに時計がかかっていた。
「あっ!」
「えっ?」
「もうこんな時間!」
売り子のお兄さんはりんの視線をなぞり、時計をふり返る。針は十二時をさしていた。
お昼ご飯までに間に合わなくなりそうだ。
りんは慌ててお金を払うと駆け出した。その背中には売り子のお兄さんが「ありがとうございました」と言った声も届かなかった。
りんの足は来た道と反対の方向を走る。石段を登って鳥居をくぐる道は、実は遠回りで、近道が他にあった。神社の脇から出て小道を行けば、十分も早く家に着くことができる。着くことができるのだが――緑が深くて昼間でも薄暗くて一人で歩くにはちょっと怖い……
それに……
りんの足は急に重くなる。
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