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 ぐったりとしていたりんは急に元気を取り戻し、パッと顔を輝かせる。 「もう大丈夫っしょ。お神楽の間はほとんどお客さんこないし」 「私毎年お神楽見てるから、今日はここに残るよ。りん、行ってきなよ」 「……でも私だけ見に行くなんてなんか悪いし……」  お神楽を見てみたくてしかたがないけど、自分だけ仕事を抜け出すことは気が引ける。 「そういえば(こう)ちゃんがりんちゃんにお神楽を『ぜひ』見にきてほしいって言ってたよぉ」 「はっ?」  りんの頭に爆弾(ばくだん)が落ちた。  打ちのめされてクラクラッとめまいがした。  爆弾を投下(とうか)した張本人(ちょうほんにん)は、澄ました顔をして社務所の奥に引っ込んでしまう。 「顔――トマトみたい」  りんの顔を見て、奈津がポツリとつぶやく。 「ふふふふふ深い意味はっないよぉっ! ここここ航貴さんとはっななななななんでもないんだからっ!」 「まだなんも言ってないけど」 「……」  ぼ、墓穴(ぼけつ)()ってしまった……  これじゃまるで航貴さんとなにかあるようではないか! 「そ……そういえば」  りんは話をそらすことにした。 「お神楽って宮司さんじゃなくても舞っていいの?」 「そうだよ。八咫(やた)神社(じんじゃ)は巫女さんが舞うし。夏祭の忙しい時にお神楽を舞う余裕はないっしょ」 「え? じゃあ去年は誰が舞ったの?」  お神楽はその神社の宮司さんが舞うものだと思っていたりんは、去年まで航貴さんの父親が舞っていたのだと思っていた。 「旭光君だよ」  奈津の口からその名前が出た時、夏祭の間一度もあさひに会うことができなかったことを、ふいに思い出した。 「毎年旭光君がお神楽を舞っていて、神宮も継ぐものだとみんな思っていたんだよ。だから航貴さんも夢だったガラス職人になったんだよ」 「どうして……その……あさひ君は今年は舞わないの?」  その質問をしてはだめだ――と、どこからか聞こえてきた。  それは真実を恐れる無意識下の警告音――  ――でも知りたい。  りんはあさひのことを知りたかった。
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