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奈津はりんの真剣なまなざしには気づかない様子で深いため息をついた。そして急に唇が重くなったかのようにゆっくりと口を開く。
「去年の今日亡くなったの」
耳を疑った。
「……亡くなった……?」
くり返す自分の声が遠くに感じる。
奈津は一つうなずく。
「お神楽が始まる直前までは確かにここにいたんだって。でも誰も知らないうちに急にいなくなってしまって、翌朝、お神楽の衣装を着たままの旭光君が海岸で倒れていたんだって。溺死だそうなんだけど、旭光君は泳ぎが得意だったし、お神楽が始まる直前まで旭光君のご両親も航貴さんも町村さんも神宮にいるところを見てるんだよ! それに衣装を着たままふつう海に行く? 急にお神楽がいやになっちゃってサボっちゃおって思ったって、着替えるくらいするっしょ? いまだに旭光君の事件が自殺なのか他殺なのか事故なのか解明されてないんだよ――」
りんのすべてから血の気が引いていく……
脳みそは思考を停止し、ただもう奈津の口元を見つめるだけだった。
「――だからみんな、町娘の怨霊が旭光君を連れてっちゃったんじゃないかって!」
「……『町娘の怨霊』……?」
「昔からこの辺は若い男の人の水難事故が多くて、ここの宮司さんがもしかしたら戦争で恋人をなくした町娘が寂しがって、若者を連れて行ってるんじゃないかって言って、町娘のお墓をここの神宮に移したんだよ。あ、今の宮司さんじゃないよ。何代か前の宮司さんが、だよ」
「まっ、まさかっ!」
りんはひきつった笑いを無理に浮かべた。
奈津の言葉を肯定しそうになった自分をふり払うため、そして奈津の言葉をふり払うため。
やだなぁ、奈津ったら、いくら暑いからって怪談話をするなんて……
りんは奈津の肩をポンッと叩いて、
「だって……ホタル見に行ったとき、あさひ、いた……でしょ?」
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