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カラカラに渇いた口の中で言葉がからまりそうになりながら、やっとのことで吐き出した。
「奈津が私に『帰ろ』って声をかけたときに私と一緒にあさひもいたじゃないっ!」
必死な懇願にも似た叫び。
奈津はキョトンとする。
「なに言ってんの? 誰もいなかったっしょ?」
誰かの肩がりんの肩にぶつかった。りんはあっけなく転がった。
白衣と緋袴をまとった少女が地べたにはいつくばる姿は、神楽を見に集まった人々をギョッとさせた。
『大丈夫?』と心配して声をかける人や、無様な姿を見て笑う人もいる。
つい三十分前のりんなら、恥ずかしさでいっぱいになっただろう。
頬がざらつく。
りんは自分が転んだことにようやく気がついた。重い体をひきずるようにして立ち上がろうとすると、地面に打ち付けたところが急に痛み出した。
体の痛みと心の痛みがいっぺんにりんを襲う。
奈津の言葉が頭の中を何度もかけめぐる。
まだ信じられない。
『あさひ』は確かに存在していた。
いつも唐突に現れたし、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせていたけど、りんの背中にふれた手は確かに生きていた。
「なんで私……走ってるんだろう……」
どこへ向かっているのか見失いかけた時、ふと思い出す。
――あ……お神楽を見に行くんだっけ……
でも――
りんはあさひに会いたかった。会って確かめたかった。
ホタル池で落ちそうになった時に助けてくれた優しさを。
バイト中に具合が悪くなった時、背中に感じた手のぬくもりを。
「……会いたい……」
視界が大きくゆがんだ。そして地面についた手になまあたたかいものが落ちる。
――その手を優しく取る者がいた。
涙の向こうに現れた人物に、りんは驚いて息を飲む。
「大丈夫?」
にっこりと品よく微笑む少女は葉山くるみだった。
「どこへ行こうとしてるの?」
りんは白衣の袖で涙をぬぐった。
「お……お神楽を見に……」
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